十五夜の夜。
街では小さなお月見イベントが開催されている。
昼間のマルシェのような賑やかさはない。
すすきが揺れ、月見団子が並び、温かいお茶の香りが漂う。
そして、会場を彩るのは――
月明かりを邪魔しない、ほんのり淡いイルミネーション。
るなと先輩は、その光の中をゆっくり歩く。
「イルミネーションがあるのに……」
「うん?」
「今日は、月のほうが明るく見えます」
そんな会話から始まる、静かな秋の夜。
全体構成(目次)
第1節「十五夜の待ち合わせ」🐰🌕
テーマ「今日は、夜に会う約束」
夕方。るなは先輩と待ち合わせ。
今回はいつもの昼間とは違い、待ち合わせは夜。
「こんばんは」
「こんばんは」
少し照れながら挨拶する二人。
るなは空を見上げる。
まだ完全な夜ではない空に、大きな月が浮かび始めている。
「今日、十五夜なんですよね」
「そうらしいな」
「お月見って、なんだか久しぶりです」
二人は、お月見イベントが行われる公園へ向かう。
道には小さな灯り。すすき。秋の草花。そして、ところどころに淡いイルミネーション。
第2節「月明かりのイルミネーション」🌕✨
公園に到着。
そこには、派手ではないイルミネーションが広がっている。
白や淡い金色の光。
木々を縁取る小さなライト。足元を照らす光。
でも――
るなは、ふと立ち止まる。「……」
先輩が振り返る。「どうした?」
るなは夜空を見上げている。そこには、大きな十五夜の月。
「月って、こんなに明るかったんだ。」
第3節「月より近い光」🐰💕🌕
月を眺めながら、ベンチに座る二人。
月見団子を二人で食べる。
「一個食べます?」「うん」「じゃあ……」
「今日は普通に食べましょう」
「なんで?」
「……また赤くなるからです」「……」
先輩も笑う。🤣🤣🤣
第4節「言葉にしない願い」🌕💕
月を見ながら、二人の会話。
先輩:「月って、昔からいろんな人が見てきたんだろうな」
るな:「はい」
「昔の人も、この月を見てたのかな」
「そう考えると、不思議ですね」
「同じ月を見てるんだな」
るなは、その言葉に少しだけ胸が高鳴る。
第5節「お月見イルミネーション」🌕✨
物語のクライマックス
夜空には十五夜の月。すすき。月見団子。静かな公園。
そして、ほんのり灯るイルミネーション。
二人は並んで歩く。るながふと呟く。
「……今日は、イルミネーションがなくても綺麗だったかもしれませんね」
「そうだな」
「でも……」
るなは周囲を見る。「少しだけ光があると、もっと素敵です」
月明かり。イルミネーション。そして――隣を歩く先輩。るなは気づく。
一番欲しかった光は、街のイルミネーションでも月でもなかった。
自分の隣にいる人の存在そのものだった。
🌕ラストシーン
帰り道。二人は駅へ向かって歩いている。
「今日は楽しかったです」
「俺も」
「……先輩」
「ん?」
るなが夜空を見る。
「月、綺麗ですね」
「うん」
少し間を置いて――
「来年も、あなたと一緒に見られますように。」
と願う。
曲紹介「お月見イルミネーション」
第2部・秋外伝2「お月見イルミネーション」
第1節「十五夜の待ち合わせ」🐰🌕
――月明かりの下で、静かに始まる夜。
秋の風が、少しだけ冷たくなってきた頃。
夕暮れの空は、昼間よりもずっと早く色を変えていた。
オレンジ色だった空が、ゆっくりと紫色へ。
そして、その向こうから――
ひとつの明るい月が、静かに顔を出していた。
今日は十五夜。
街の公園では、毎年恒例のお月見イベントが開かれている。
すすきが飾られ、月見団子が並び、秋の草花が会場を彩っている。
そして今年は、小さなイルミネーションも用意されていた。
派手なものではない。
足元を照らすような、小さな灯り。
木々の間に吊るされた、淡い光。
まるで月明かりを邪魔しないように、そっと寄り添うようなイルミネーションだった。
***
「……少し早く着いちゃったかな」
るなは、待ち合わせ場所の時計を見上げた。
手には小さなバッグ。
その横には、秋らしい色のストール。
風が吹くたび、髪がふわりと揺れる。
「十五夜……かぁ」
空を見上げる。
まだ完全な夜ではない。
けれど、月はもうはっきりと見えていた。
「きれい……」
思わず、声が小さくなる。
夏の夜とは違う。
夏の花火のような、弾ける光ではない。
秋の月は、もっと静かだった。
何も言わずに、ただそこにいる。
そんな光。
「……秋って、こういう感じなのかな」
るなが小さく笑った、その時。
「待った?」
後ろから声がした。
振り返る。
「……先輩」
そこに立っていたのは、いつもの先輩だった。
少しだけ息を整えながら、こちらへ歩いてくる。
「ごめん。待たせた?」
「いえ、大丈夫です」
るなは首を横に振る。
「私も今来たところです」
「そっか」
先輩が笑う。
その笑顔を見た瞬間――
るなの胸の奥が、ほんの少しだけ温かくなった。
以前なら。
こういう時は、すぐに顔が熱くなっていたかもしれない。
秋いちごの日みたいに。
ちょっとした言葉だけで、真っ赤になって。
何度も固まって。
思い出すだけでも恥ずかしくなる。
でも今日は――
不思議と、落ち着いていた。
「今日は……お月見ですね」
「うん。十五夜だからね」
「なんだか、夏とは全然違いますね」
「花火?」
「はい」
るなが空を見上げる。
「夏は、光がいっぱいで……すごく賑やかでした」
少し間を置いて。
「でも今日は……静かですね」
先輩も空を見る。
「確かに」
ふたりの間に、短い沈黙が流れた。
けれど。
その沈黙は、気まずくなかった。
むしろ心地よかった。
風が木々を揺らす音。
遠くから聞こえる人々の声。
そして――
静かに浮かぶ月。
「……行こうか」
「はい」
ふたりは並んで歩き始めた。
***
公園へ続く道には、すでに小さな灯りがともっていた。
道の両側に並ぶランタン。
その光が、秋の葉をほんのり照らしている。
「わぁ……」
るなが足を止める。
「きれいですね」
「今年はイルミネーションもあるらしいよ」
「そうなんですね」
るなは、ひとつひとつの灯りを眺めた。
黄色。
白。
少しだけ温かみのある金色。
どれも強く輝くわけではない。
月明かりの中で、控えめに瞬いている。
「なんだか……」
るなが呟く。
「月を応援してるみたいです」
「月を?」
「はい」
るなは少し笑った。
「主役は月で、イルミネーションは脇役みたいな感じ」
「なるほど」
「だから、あんまり明るすぎないんでしょうね」
「確かに。月が見えなくなったら、お月見じゃないし」
「ふふっ」
るなが笑う。
その横顔を、月明かりがそっと照らしていた。
先輩は一瞬だけ、るなの横顔を見る。
けれど、何も言わない。
るなも、それには気づかなかった。
ただ――
隣に誰かがいる。
それだけで、いつもの夜道とは違って見えた。
***
公園の入口に着く。
そこには大きな看板が立っていた。
『十五夜お月見会』
その文字の周りには、すすきと秋の草花。
そして、小さな月の形をしたイルミネーション。
「十五夜って……毎年あるのに」
るなが看板を見ながら言う。
「こうやって来るのは初めてかも」
「俺も」
「じゃあ……」
るなが少しだけ嬉しそうに笑う。
「今年が初めてですね」
「うん」
たったそれだけの会話。
なのに。
るなの胸の奥に、小さな光が灯ったような気がした。
「……行きましょうか」
「うん」
また並んで歩く。
今度は、さっきより少しだけ近い距離で。
足元には小さなイルミネーション。
頭上には、秋の月。
その間を、二人の影がゆっくり進んでいく。
るなはふと空を見上げた。
月は、さっきよりも高くなっていた。
そして――
静かに。
優しく。
二人の夜を照らしていた。
「……先輩」
「ん?」
「今日は……月、ちゃんと見られそうですね」
「うん」
「よかった」
るなは微笑んだ。
まだ何も始まっていない。
特別な言葉もない。
手も繋いでいない。
ただ、一緒に歩いているだけ。
それなのに。
なぜだろう。
この夜が、少しだけ特別に感じられる。
夏の花火のような眩しさではなく。
秋の月のような、静かな光。
その光の下で――
二人のお月見の夜が、ゆっくりと始まった。
第2節「月明かりのイルミネーション」🌕✨
――月って、こんなに明るかったんだ。
公園の中へ入ると、そこには秋の景色が広がっていた。
風に揺れるすすき。
足元に咲く小さな秋の花。
木々の間から見える、少しずつ深くなっていく夜空。
そして――
その真ん中に、大きな月が浮かんでいた。
「わぁ……」
るなは思わず足を止めた。
さっきまで夕暮れの色が残っていた空は、いつの間にかすっかり夜になっている。
その夜空を、月が静かに照らしていた。
「……きれい」
隣にいた先輩も、空を見上げる。
「今日はよく見えるね」
「はい」
るなはしばらく月を見つめていた。
夏の夜空なら、花火が上がるたびに歓声が響く。
一瞬で夜空いっぱいに広がって。
そして、消えていく。
でも――
月は違う。
ずっとそこにいる。
派手に輝くわけでもない。
音も立てない。
ただ静かに、夜を照らしている。
「……月って」
るながぽつりと言った。
「こんなに明るかったんだ」
「ん?」
「私、ちゃんと月を見ることって、あまりなかったかもしれません」
「確かに。普段は街の明かりもあるしね」
「そうなんですよね」
るなは周囲を見渡す。
公園の中には、控えめなイルミネーションが灯っている。
木の枝に沿って、小さな光が連なっている。
ベンチの周りには、淡いランタン。
すすきの足元にも、ほんのりとした光。
それらは月よりずっと小さい。
けれど、暗い場所を優しく照らしている。
「イルミネーションも、きれいです」
「うん」
「でも……」
るなは月を見る。
「今日は、月のほうが好きかも」
先輩が少し笑った。
「珍しいね。るな、イルミネーション好きじゃなかった?」
「好きですよ?」
るなも笑う。
「大好きです」
そして、少しだけ空を見上げる。
「でも……今日の月は、なんだか特別です」
「特別?」
「はい」
その理由を、るな自身も上手く説明できなかった。
月そのものが特別なのか。
十五夜だからなのか。
それとも――
隣にいる人のせいなのか。
「……なんとなく、です」
るなは小さく笑ってごまかした。
先輩も、それ以上は聞かなかった。
「じゃあ、月を見ながら歩こうか」
「はい」
二人は、イルミネーションの道をゆっくり歩き始めた。
***
少し進むと、イルミネーションの数が減っていった。
木々の間隔が広くなり、空が大きく見える。
街の明かりも少し遠くなった。
「こっちのほうが、月がよく見えるね」
先輩が言う。
「本当ですね」
るなは空を見上げる。
さっきよりも、月が大きく感じられた。
月明かりが、道を薄く照らしている。
街灯がなくても、足元がなんとなく見えるほどだった。
「……すごい」
るなが呟く。
「月明かりだけで、こんなに明るいんですね」
「十五夜って、昔の人もこうやって月を見てたのかな」
「たぶん」
「電気もイルミネーションもない頃?」
「うん」
先輩が空を見上げる。
「今よりもっと、月が明るく見えたのかもしれないね」
その言葉に、るなは少しだけ想像してみた。
昔の夜。
街灯もない。
建物も少ない。
空いっぱいに広がる星。
そして、その中に浮かぶ月。
「……なんだか不思議ですね」
「何が?」
「今、私たちが見ている月を……」
るなは少し考えてから続けた。
「昔の人も見てたんですよね」
「そうだね」
「何百年も前の人が見た月と、同じ月」
「うん」
「そう考えると……」
るなは微笑んだ。
「月って、ずっと誰かのことを見てきたんですね」
先輩は少し黙ってから、
「そうかもしれないね」
と答えた。
その声が、月明かりの中に静かに溶けていった。
***
二人はしばらく歩いた。
会話が途切れても、不思議と気にならない。
風が吹く。
すすきが揺れる。
その向こうで、月が輝く。
そして、二人の足元には小さなイルミネーション。
るなは、ふと二つの光を見比べた。
月の光。
イルミネーションの光。
「……なんだか、面白いですね」
「何が?」
「月とイルミネーション」
「うん?」
「どっちも光ってるのに、全然違うんです」
先輩が少し考える。
「確かに」
「月は、遠くから全部を照らしてる感じで」
るなは足元の小さな灯りを見る。
「イルミネーションは、近くをそっと照らしてる感じ」
「なるほど」
「どっちも、優しい光ですね」
そう言って、るなは微笑んだ。
そして――
その瞬間。
ふと気づく。
月明かりの下。
二人の影が並んで伸びている。
長く。
静かに。
同じ方向へ。
るなは何も言わず、その影を見つめた。
「……先輩」
「ん?」
「こういう夜って……いいですね」
「うん」
「静かで」
「うん」
「なんだか、時間がゆっくり流れてるみたい」
先輩が笑った。
「じゃあ、今日はゆっくり歩こうか」
「……はい」
るなも笑う。
その笑顔は、夏の頃より少し穏やかだった。
胸の奥にあった、弾けるような恋心。
それは今も消えてはいない。
けれど――
秋になって。
少しずつ形を変えている。
花火のように、一瞬で夜空を染めるのではなく。
月明かりのように。
静かに。
ずっと。
心の中を照らしている。
るなは、もう一度月を見上げた。
「……月って、本当に明るいんですね」
「うん」
「今日、気づけてよかった」
「俺も」
二人はまた歩き出した。
月明かりと、小さなイルミネーション。
二つの光に照らされながら。
その夜は、まだ始まったばかりだった。
そして、るなの心にも――
誰にも見えない、小さな光が。
静かに灯り続けていた。
第3節「月より近い光」🐰💕🌕
――いちばん近くにある光は、月じゃなかった。
月明かりの下を、二人はゆっくり歩いていた。
公園の奥へ進むにつれて、人の声が少なくなっていく。
聞こえるのは、風に揺れるすすきの音。
遠くから聞こえる子どもたちの笑い声。
そして、足元で小さく瞬くイルミネーション。
「……ここ、いいですね」
るなが立ち止まった。
そこには、月を正面に見ることのできるベンチがあった。
背後には大きな木。
その枝の隙間から、まん丸の月が見えている。
「座る?」
「はい」
二人並んで、ベンチに腰を下ろす。
少しだけ距離を空けて。
けれど、いつもより近い。
るなは空を見上げた。
「……きれい」
何度目か分からない言葉。
でも、それしか出てこなかった。
月は雲に隠れることもなく、夜空の真ん中で静かに輝いている。
その光が、二人のいる場所まで届いていた。
「そういえば」
先輩がバッグから何かを取り出した。
「お月見団子、買ってきたよ」
「……!」
るなの目が少しだけ輝いた。
「お団子……」
「食べる?」
「もちろんです」
即答だった。
「今日はちゃんと食べるんですね」
「……?」
「いや、前みたいに――」
「……先輩」
るながじっと見る。
「今日は普通に食べましょう」
「……はい」
「普通に、です」
「分かった」
先輩が笑う。
るなも少し笑った。
「……よかった」
「何が?」
「いえ……」
るなは小さく咳払いをした。
「今日は、赤くならずに済みそうなので」
「そんなに気にしてたんだ」
「気にしますよ!」
るなが少し頬を膨らませる。
「秋いちごの日、思い出すだけで恥ずかしいんですから……」
「俺も思い出すと恥ずかしいよ」
「……先輩も?」
「うん」
その言葉を聞いて。
るなは少しだけ安心したように笑った。
「じゃあ……お互い様ですね」
「そうだね」
二人は顔を見合わせる。
そして――
ふっと笑った。
***
月見団子をひとつ手に取る。
「いただきます」
「いただきます」
二人で同時に口にする。
「……おいしい」
るなが嬉しそうに言った。
「甘すぎなくて、いいですね」
「うん」
「秋って、おいしいものが多いですよね」
「また食べ物の話?」
「秋ですから」
るなが真顔で答える。
「仕方ないです」
「仕方ないんだ」
「はい」
少し笑って。
るなは月を見上げる。
「でも……」
「ん?」
「こうやって月を見ながら食べると、いつもよりおいしい気がします」
「雰囲気ってやつかな」
「きっとそうです」
るなは団子をもうひとつ手に取った。
「それに――」
言いかけて、止まる。
先輩が待つ。
「それに?」
るなは少しだけ迷った。
そして、小さな声で言った。
「……一緒に食べてるから」
先輩が黙った。
るなも黙る。
二人の間に、静かな時間が流れる。
「……」
「……」
るなは月を見る。
先輩も月を見る。
「……今日は」
先輩がぽつりと言った。
「なんか、静かだね」
「はい」
「前みたいに、騒がしくない」
「……はい」
るなは少し笑った。
「でも、私はこういうの好きです」
「俺も」
その一言だけで。
なぜか胸が温かくなる。
***
しばらく、二人は何も話さなかった。
ただ月を眺めていた。
不思議だった。
何か話さなくてはいけないわけじゃない。
笑わせなくてもいい。
特別なことをしなくてもいい。
ただ隣にいるだけ。
それだけで、心が落ち着いていく。
るなはそっと横を見る。
先輩は月を見上げている。
月明かりが、その横顔を淡く照らしていた。
その光を見ていると――
るなの胸の奥に、ひとつの考えが浮かんだ。
月は、遠い。
どれだけ綺麗でも。
手を伸ばしても届かない。
イルミネーションも、少し遠くにある。
でも――
今、自分のすぐ隣には。
同じ月を見ている人がいる。
「……」
るなは何も言わなかった。
ただ、ほんの少しだけ笑った。
月より近くにある光。
イルミネーションより近くにある温かさ。
それは――
隣にいる人の存在だった。
***
「るな?」
「はい?」
「どうしたの?」
「……何でもないです」
「そう?」
「はい」
るなは月を見る。
そして、心の中だけで小さく願った。
――来年も。
また、この月を見たい。
できれば。
同じ人と。
同じ場所で。
同じように笑いながら。
「……来年も」
思わず、声が漏れた。
「ん?」
「いえ……」
るなは慌てて首を振る。
「何でもありません」
まだ、言葉にはできない。
「来年も一緒にいたい」
そんな願いを。
まだ口にする勇気はなかった。
けれど――
願うことならできる。
月に届くかどうかなんて分からない。
それでも。
るなはもう一度、静かに月を見上げた。
「……きれいですね」
「うん」
「今日、来てよかったです」
「俺も」
その返事を聞いて。
るなの心に、また小さな光が灯った。
月明かり。
イルミネーション。
そして――
自分のすぐ隣にある、優しい光。
三つの光が重なって。
秋の夜を、静かに照らしていた。
けれど、るなにはもう分かっていた。
今夜いちばん心を温かくしてくれている光が――
どこから来ているのか。
第4節「言葉にしない願い」🌕💕
――同じ月を見ている。それだけで、未来を願いたくなった。
月は、少しずつ高くなっていた。
公園を訪れていた人たちも、いつの間にか少なくなっている。
さっきまで聞こえていた子どもたちの声も遠くなり、今は風の音のほうが大きく感じられた。
すすきが、月明かりの中でゆっくり揺れている。
その穂先が光を受けて、銀色に輝いていた。
「……静かになりましたね」
るなが呟く。
「うん」
先輩も小さく頷いた。
二人はまだ、ベンチに座っていた。
月を眺めながら。
特別な話をするわけでもなく。
ただ同じ景色を見ている。
「こういう時間って……」
るなが言った。
「なんだか不思議です」
「不思議?」
「はい」
るなは月を見る。
「私たちが今見てる月って、ずっと昔の人も見てたんですよね」
「そうだね」
「昔の人も、十五夜に誰かと月を見ながら……いろんなことを考えてたのかな」
「きっとそうじゃないかな」
「嬉しいこととか」
るなが指を一本立てる。
「寂しいこととか」
もう一本。
「会いたい人のこととか」
そして、最後に。
「……大切な人のこととか」
先輩が、静かにるなのほうを見る。
けれど、るなは月から目を離さなかった。
「同じ月を見てるんですよね」
「うん」
「何百年経っても」
「そうだね」
「なんだか……すごいですね」
るなは小さく笑った。
「月って、ずっと変わらないんですね」
「でも」
先輩が言った。
「見る人の気持ちは、変わっていくんじゃない?」
「……気持ち?」
「うん」
先輩は月を見上げる。
「同じ月を見てても、その時に誰といるかで、感じ方は違うかもしれない」
「……」
その言葉が、るなの胸に静かに落ちてきた。
同じ月。
同じ夜。
同じ場所。
でも――
隣にいる人が違えば。
きっと、この夜の意味も違う。
るなは、そっと隣を見る。
先輩は月を見ていた。
その横顔を見つめながら。
るなの胸の中に、ひとつの願いが浮かぶ。
――来年も。
この人と、同じ月を見たい。
できれば、その次の年も。
そのまた次の年も。
でも。
それを言葉にするのは、まだ少し恥ずかしかった。
***
「そういえば」
先輩が、ふと思い出したように言った。
「もうすぐ冬だね」
「……冬」
その言葉に、るなの心が少しだけ動いた。
秋が終われば。
次は冬。
そして――
冬のイルミネーション。
本編で話していたことが、ふっと頭に浮かぶ。
夏の花火。
秋のコスモス。
秋色のイルミネーション。
季節は少しずつ進んでいる。
「冬になったら……」
先輩が続ける。
「またイルミネーションが綺麗になるね」
「はい」
るなは微笑む。
「冬のイルミネーション、大好きです」
「知ってる」
「え?」
「前に言ってたから」
「……覚えてたんですか?」
「うん」
その一言だけで。
るなの胸が、ほんの少し温かくなった。
覚えていてくれた。
それだけなのに。
嬉しい。
「……じゃあ」
るなは、少しだけ勇気を出した。
「今度……」
言葉が止まる。
先輩が待っている。
「今度?」
「……」
るなは一度、深呼吸した。
そして。
「冬のイルミネーションも……一緒に見ませんか?」
「……うん」
返事は、あまりにも自然だった。
「いいよ」
るなの目が少しだけ開く。
「本当ですか?」
「もちろん」
「……よかった」
その声は、とても小さかった。
けれど。
るなの心には、はっきり響いていた。
冬。
その先の季節へ。
今日の夜が、繋がった気がした。
「じゃあ……約束ですね」
「うん。約束」
二人は笑った。
それだけ。
手を繋いだわけでもない。
特別な言葉を交わしたわけでもない。
それなのに。
るなには、その「約束」がとても大切なものに思えた。
***
しばらくして。
るながふと口を開いた。
「先輩」
「ん?」
「……もし」
少し迷ってから。
「もし、来年も十五夜があったら」
「うん」
「また……一緒に見られたらいいですね」
先輩は少しだけ笑った。
「うん」
そして。
「来年も一緒に見ようか」
「……!」
るなの胸が、ふわっと温かくなる。
「……はい」
それ以上は言えなかった。
「来年も、その先も、一緒にいたい」
本当は、そう言いたかった。
けれど。
今はまだ、それを言葉にしなくてもいい。
だって――
「冬のイルミネーション」という約束ができた。
そして。
「来年の十五夜」という小さな約束もできた。
それだけで十分だった。
***
るなは月を見上げる。
月明かりが、優しく夜を照らしている。
心の中で、そっと願う。
――来年も。
あなたと、この月を見られますように。
その願いは、声にはならなかった。
月にも届かないかもしれない。
でも。
今は、それでいい。
言葉にしない願いだからこそ。
大切に胸の中で抱えていられる。
るなは小さく微笑んだ。
隣を見る。
そこには、いつもの先輩がいる。
そして、その先には――
冬が待っている。
「……楽しみですね」
「うん」
何のことかを詳しく言わなくても。
二人には、なんとなく分かっていた。
月明かりの下。
二人の影が、また並んで伸びている。
その先に続く道は、まだ暗い。
けれど。
遠くには、小さなイルミネーションが見えていた。
秋から冬へ。
今日から明日へ。
そして――
今から、未来へ。
二人の間に交わされた小さな約束が。
静かな光となって、そっと未来を照らし始めていた。
第5節「お月見イルミネーション」🌕✨
――月明かりの下で、心に灯った光。
夜も、だいぶ深くなっていた。
公園の中にいた人たちも、少しずつ帰り始めている。
さっきまで聞こえていた笑い声も減り、イルミネーションの光だけが静かに残っていた。
「……そろそろ帰ろうか」
先輩が言った。
「……はい」
るなは頷いた。
楽しい時間は、どうしてこんなに早く過ぎてしまうんだろう。
ほんの少し前まで、
「十五夜ですね」
なんて話していた気がするのに。
気づけば、もう帰る時間だった。
るなは立ち上がり、最後にもう一度だけ空を見上げた。
大きな月。
雲ひとつない夜空。
すすきの穂が、月明かりを受けて銀色に輝いている。
「……月、綺麗ですね」
「うん」
先輩も空を見る。
「今日は本当に綺麗だね」
二人はしばらく、その場から動かなかった。
まるで。
この夜を、もう少しだけ終わらせたくないみたいに。
***
帰り道。
行きに通ったイルミネーションの道を、二人はゆっくり歩いていた。
来た時よりも、灯りが少し暗く感じる。
けれど、それはイルミネーションが消えたからではなかった。
月が、さっきより高く昇っていたからだ。
「……行きと帰りで、景色が違って見えますね」
るなが言った。
「そう?」
「はい」
足元の灯りを見る。
そして空を見る。
「来る時はイルミネーションばっかり見てたのに」
「うん」
「今は、月ばっかり見ちゃいます」
先輩が笑う。
「じゃあ、今日の主役は月だったね」
「そうですね」
るなも笑った。
少し歩いてから。
「……でも」
るなが小さく付け加える。
「イルミネーションも、好きです」
「うん」
「月があるからこそ、あの小さな光が綺麗に見えた気がします」
「月とイルミネーション?」
「はい」
るなは頷く。
「どっちかだけじゃなくて……一緒だから綺麗なんだと思います」
先輩は少し考えて。
「なるほど」
と答えた。
るなは前を向いたまま歩く。
そして、心の中で思った。
――人も、そうなのかな。
ひとりでも歩ける。
ひとりでも笑える。
ひとりでも、夜空を見上げることはできる。
だけど。
誰かと一緒に見ることで。
同じ景色が、もっと大切なものになる。
***
公園を出る。
街の灯りが少しずつ増えていく。
さっきまで見ていた月が、建物の隙間から見える。
るなは歩きながら、何度も空を見上げた。
「今日……」
「ん?」
「すごく長い一日だった気がします」
「長かった?」
「はい」
るなは笑う。
「でも、時間はあっという間でした」
「どっちなの?」
「自分でも分かりません」
二人で笑った。
そして、るなは少しだけ考えてから言った。
「たぶん……」
「うん?」
「ゆっくり時間が流れてたから、たくさん思い出ができた気がするんです」
先輩は黙って聞いている。
「月を見たり」
「うん」
「お団子食べたり」
「うん」
「昔の人も同じ月を見てたのかなって話したり」
「うん」
「冬のイルミネーションの約束をしたり……」
そこで、るなは少しだけ笑った。
「来年の十五夜の約束もしましたね」
「したね」
「……なんだか、不思議です」
「何が?」
「数時間しか一緒にいなかったのに」
るなは空を見る。
「すごく遠くまで一緒に歩いてきたような気がします」
先輩も月を見上げる。
「秋から冬まで?」
「……はい」
「それなら、確かに遠いね」
「ふふっ」
るなが笑う。
***
駅へ向かう道。
さっきより少しだけ冷たい風が吹いた。
「寒くなってきましたね」
「秋も深くなってきたからね」
るながストールを少し引き寄せる。
その仕草を見て、先輩が言った。
「風邪ひかないようにね」
「はい」
「冬のイルミネーション、一緒に見るんだから」
「……!」
るなの足が、一瞬止まった。
「……覚えてるんですね」
「もちろん」
「……嬉しいです」
その言葉は、自然に出てきた。
今度は、恥ずかしくてごまかすこともなかった。
先輩は微笑んだ。
「俺も楽しみにしてる」
るなは、ゆっくり頷いた。
「じゃあ……冬も、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
また二人で歩き始める。
***
駅が見えてきた。
もうすぐ、今日の時間が終わる。
るなは少し寂しくなった。
でも。
以前とは違う。
「また会える」と思える。
今日の終わりが、別れではない。
次の季節へ続いている。
「先輩」
「ん?」
「今日は……ありがとうございました」
「こちらこそ」
「お月見、すごく楽しかったです」
「俺も楽しかった」
るなは笑った。
そして、最後にもう一度だけ月を見上げる。
駅前の明るい街の中でも。
月はちゃんと見えていた。
「……月、綺麗ですね」
「うん」
「来年も……」
るなは一度、言葉を止めた。
そして。
「また見られるといいですね」
先輩が笑う。
「うん。来年も見よう」
「……はい」
それだけだった。
それ以上の言葉は、必要なかった。
***
帰りの電車の中。
窓に映る自分の顔を、るなはぼんやり眺めていた。
頬が赤いわけではない。
秋いちごの日のように、心臓が飛び跳ねているわけでもない。
ただ――
穏やかだった。
胸の奥が、じんわり温かい。
今日見た月。
小さなイルミネーション。
すすき。
お団子。
そして。
隣で笑っていた人。
全部が、ひとつの思い出になっている。
るなは窓の外を見る。
ビルの隙間から、月が見えた。
「……来年も、一緒に見られますように」
今度は、誰にも聞こえない声で。
小さく呟いた。
その願いは、月へ向かって消えていく。
けれど――
るなの心には、ちゃんと残っていた。
***
その夜。
部屋に戻ったるなは、窓を開けた。
少し冷たい秋の風が入ってくる。
夜空には、まだ月が浮かんでいた。
今日、一緒に見た月。
「……同じ月」
るなは小さく笑った。
そして、胸に手を当てる。
そこには、何か特別なものがあるわけではない。
けれど。
確かに感じる。
小さな光。
月の光でもない。
イルミネーションの光でもない。
それは――
今日という時間を、一緒に過ごしたことで灯った光。
静かで。
優しくて。
消えそうでいて、なかなか消えない。
「……また、冬に会える」
そう呟く。
夏には、花火が恋を照らした。
秋には、コスモスが恋を見つめた。
そして今夜。
月明かりが、恋の続きをそっと照らしてくれた。
るなは窓の外の月を見ながら、最後に小さく微笑んだ。
――月より近くに。
――イルミネーションより近くに。
――私の心のすぐそばに。
大切な人がいる。
それだけで。
この夜は、十分に輝いていた。
夜空の月。
道を照らすイルミネーション。
そして、るなの心に灯った小さな光。
三つの光が重なって――
静かな秋の夜を、優しく包んでいく。
「お月見イルミネーション」
それは、数時間だけの出来事だった。
けれど。
その夜に感じた想いは、きっと。
次の季節まで、消えない。
秋から冬へ。
今日から明日へ。
そして――
まだ名前のつかない恋から、
いつか名前を呼べる恋へ。
二人の物語は、静かな月明かりの中で、
また一歩だけ、未来へ進んでいた。
――外伝2「お月見イルミネーション」完。 🌕✨🐰💕