【大嶋淑之・新潟】ノートの落書きが仕事を救う

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会議の最中、手元のノートに意味のない線を描いてしまうことがある。図形のようで図形でない、文字のようで文字でない落書き。子どものころから癖のようにやってきたこの行為を、社会人になっても続けている人は少なくない。普通なら集中していない証拠だと怒られそうなものだが、実は落書きには不思議な効用があることを知った。

単調な話を聞いていると、脳は別の刺激を求めてしまう。ここで落書きをすることで、脳の余白がほどよく埋まり、むしろ集中力が高まるという研究もある。つまり、落書きは怠けているように見えて、実は脳を最適な状態に保つための無意識の工夫なのだ。会議中にペンを動かす人ほど、後で議論の要点をよく覚えているという話も聞くと、落書きを侮れないと感じる。

さらに落書きはアイデアの源泉になる。誰に見せるわけでもない線や模様だからこそ、思考の制約から解放され、頭の中の断片的なイメージが可視化されていく。やがてそれが企画のヒントになったり、新しい表現につながったりする。デザイナーやクリエイターに限らず、どんな職業でも直線と曲線の遊びが思考をやわらかくしてくれる。

私自身、書くことに煮詰まったとき、意味のない図を描いていると突然文章の糸口が見つかることがある。落書きは雑念の塊のようでいて、頭の奥に眠っているアイデアを呼び起こすきっかけになる。逆説的だが、真剣に考えたいときほど、無意味に見える落書きが有効なのだと思う。

一方で、落書きは人との距離を縮めることもある。打ち合わせの余白に描かれた小さなキャラクターが会話のきっかけになったり、同じ模様を好む者同士で意気投合したり。言葉では伝わらない感覚や個性が、無意識の線の中に表れて、ちょっとした共感を生み出す。

だからこそ、落書きをただの無駄な行為と切り捨てるのは惜しい。自分のノートの端に並んだ意味不明な模様の数々が、未来のひらめきを支えているかもしれないのだ。効率や成果ばかりが求められる時代だからこそ、あえて「意味のない線」を大切にすることに価値がある。

ノートに残された落書きのページをめくると、自分でも忘れていた思考の跡が浮かび上がる。それは日々の小さな対話のようでもあり、まだ言葉にならない未来の構想図のようでもある。落書きをする自分を否定せず、その時間を肯定することで、仕事や生活の質は意外なほど豊かになるのかもしれない。
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