連載「医療・介護の文章を、どうほどいていくか」第2回です。
食道と気道の仕組みを、人に説明する必要がありました。
解剖図などを見て、知識としては理解できていました。
それでも、「これを人にどう説明すればいいんだろう?」というところで、止まりました。
そんなとき、Togetterで、プラレールの切り替え部分を使って食道と気道を説明している画像を見ました。
見た瞬間、「あ、これだ」と思いました。
解剖図とは別の形で、構造を説明する手がかりになったのです。
プラレールが食道と気道を正確に再現しているわけではありません。
「絵のほうが文章より分かりやすい」という話でもありません。
私にとって、説明の手がかりになった経験です。
「知っている」と「説明できる」は別だった
この経験で確かに言えるのは、一点です。
知識を得ることと、人に説明できる形にすることは、別の作業だった。
知識を得る段階は、解剖図でできていました。
つまずいたのは、その先でした。
正確に書けても、伝わるとは限らない
これを文章に置き換えて考えます。
ここからは私の考えです。
医療・介護の文章では、正確さが大前提です。
そのうえで、次の2つは別のものだと考えています。
正しい:情報が正確であること
伝わる:読み手が内容を理解できる形で届いていること
内容の正確さを確認しても、「伝わる」ことを確認したことにはなりません。
書き手が持っている知識と、読み手が理解できる状態の間には距離があり、その距離は書き手からは見えにくいことがあります。
「専門家は読者を分かっていない」という話ではなく、誰にでも起こり得るズレです。
ズレが起こり得る場所
書き手の側のズレを、3つに分けてみます(研究が示した区分ではなく、私の整理です)。
・自分の見積もり:自分は、どこまで説明できるのか
・相手の見積もり:相手は、どこまで知っているのか
・説明の形:知っていることを、どんな形にして伝えるのか
プラレールの経験は3つ目です。
1と2に近い研究があるので、短く紹介します。
どちらも実験による研究で、文章を書く場面を調べたものではありません。
Fisher & Keil:専門的に学んだ分野に近い話題で、「自分は詳しく説明できる」という自信と、実際に説明したときの理解の深さが食い違うことがある、という報告です。
調べているのは、自分の説明力の自己評価です。
Tullis & Feder:雑学を学んだ人が、初心者の知識を推定する実験で、学んだあとのほうが推定が不正確になる場合がありました。
著者らは、相手の知識を見分ける手がかりの不足が原因だと示唆しています。
2つを合わせても、言えるのは、自分の説明力も、相手の知識も、自分の感覚だけでは見積もりにくいことがある、という方向までです。
同じジャンルにいても、前提は同じではない
たとえ話を一つ。
「私、このジャンルにはあまり詳しくないんです」と話していた人が、実はそのジャンルの研究者だった。
そんな場面を想像してみてください。
同じ人を推している者同士、いわゆる「同担」でも、「同じジャンルだから、これくらい分かるだろう」と思って話したら、詳しさの基準が違うことがあります。
研究の裏付けがある話ではなく、構造をつかむためのたとえです。
同じジャンルにいることと、同じ前提を共有していることは、同じではありません。
医療・介護の文章でも、「同じ分野だから通じるだろう」と思う場所に、ズレが生じているかもしれません。
小さな確認
ひとつだけ、試せる確認を挙げます。
正確さの確認と、伝わるかの確認を、別の作業にする。
内容の正確さを確認したあと、読み返して、次の箇所を探します。
・専門用語や、説明しなくても通じると思い込んでいる言葉
・説明を省略している手順
・情報同士のつながりが、読み手に伝わるか分からない箇所
そこが、説明の形を考え直す入口になるかもしれません。
研究で効果が確かめられた方法ではなく、私が記事を書くなかで整理した確認方法です。
万能ではありません。
記事を依頼する側の方も、「正確に書けるか」に加えて、知識をどんな形にして読み手へ伝えようとしているかを見てみてください。
私が記事を書くときに考えているのも、専門用語をどうほどき、情報をどんな形で見せるか、という部分です。
正しいことと、伝わることは別
正確さは大前提です。
そのうえで、正しいことと、伝わることは別の問題です。
では、実際に記事を書くとき、私は誰のことを意識しているのか。
この連載の中で、その話をします。
参考(研究)
Fisher, M., & Keil, F. C. (2016). The curse of expertise: When more knowledge leads to miscalibrated explanatory insight. Cognitive Science, 40(5), 1251–1269.
Tullis, J. G., & Feder, B. (2023). The “curse of knowledge” when predicting others’ knowledge. Memory & Cognition, 51, 1214–1234.