言い訳をする心理

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「無意識にやってしまった……」「理性が欲望に負けて……」とは、自分や相手を欺くための「言い訳」でしかない。
A・アドラー 

「意識と無意識」「理性と感情」などのように、対立する要素に分ける考え方をアドラーは明確に否定しました。
これらは一つであり、一見矛盾するように見えたとしても、それは同じ目標達成に向けて相互に補い合っているだけである、と言ったのです。
例えば、ダイエットをすると決めていた人が、ついポテトチップスを食べてしまったとします。
そして「無意識のうちに食べていた……」「欲望に負けて食べてしまった……」などと言うことがよくあります。しかし、それは言い訳でしかありません。
実際のところは、自分の意思で判断し、食べることを「善」(メリットのあること)として選んだのです。
「今回だけ食べても大勢に影響はないだろう。であれば、食べてしまえ」「体重が減ることよりも、今、目の前にあるおいしそうなポテトチップスを食べる方が大切だ」。
これらの思考により、トータルで「食べる」という選択肢を選んだだけなのです。
では、なぜ私たちは「意識と無意識」や「理性と感情」をわざわざ引き合いに出すのでしょうか?
アドラーは、それこそが自分や他者に対する言い訳である、と言いました。
「責任を取りたくない」「敗北を認めたくない」「良心の呵責」を包み隠すために、「自分は悪くない。
無意識と欲望が悪いのだ」と言い訳し、自分と他者を欺きたいだけなのです。

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