「もう背負えない」は、わがままじゃない

「もう背負えない」は、わがままじゃない

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家族を支えること。

誰かの役に立つこと。

頼まれたら応えること。

それを長くやっていると、

いつの間にか「それがわたし」になっていきます。

頼られる。

引き受ける。

なんとかする。

そうして家の中が回る。

それでよかった時期…というか、それが自分のするべき事だと思って頑張っていた時期。

そういう存在がいるから家族が安心して暮らせると信じていました。

だからこれまでの頑張りはほめてあげて欲しいんです。

でも人生というのは、同じ役のままずっと続くわけではないんですよね。

子どもは少しずつ自分の人生を生き始める。

親は年を重ねる。

夫婦の関係も変わる。

そしてわたし自身の身体も心も変わる。

なのに昔と同じ役割を同じ力加減で続けようとすると、どこかで苦しくなります。

そこで初めて「もう無理かもしれない」という言葉が出てくる。

でもこの言葉…とっても大事なんです。

「もう無理」というのは投げ出す言葉ではなく、これまでの生き方を見直す合図なのかもしれません。

50代は家族を手放す年代ではなくて、一人で全部を抱える形を手放す年代。

できることはする。

でも、できないことまで笑って引き受けなくていい。

疲れた日は休む。

嫌なものは嫌と言う。

ちょっと考えたいときは、すぐ返事をしない。

そんな小さなことからでいい。

長い間「誰かのため」を優先してきた人ほど、自分のために時間を使うと妙な罪悪感が出てきます。

何もしないと落ち着かない。

休んでいると怠けている気がする。

自分の好きなことをすると「こんなことしていていいのかな」と思う。

でもねそこまで来たら、むしろ一度立ち止まってみてもいいのだと思います。

50代からは「これから何を頑張ろう」より先に「もう何を頑張らなくていい?」と考えてみる。

これが大事です。

頑張るものを増やすより、背負っていたものを少し降ろす。

そうすると、今まで見えなかったものが見えてくることがあります。

たとえば…

ほんとうは静かな時間が好きだった。

一人でお茶を飲む時間が好きだった。

文章を書くのが好きだった。

誰かの話をゆっくり聞くのが好きだった。

何十年も前から知っていたはずの「わたし」がようやく顔を出してくる。

50代は若い頃のように何者かにならなくてもいい。

肩書きを増やさなくてもいい。

少しずつ余計なものを脱いでいく。

母でもなく、

妻でもなく、

仕事をする人でもなく、

ただの「わたし」に戻っていく。

それがこれからの人生なのかもしれません。

50代からほんとうのわたしに会いに行く。

急がなくていい。

少しずつでいい。

今まで誰かに向けていたやさしさを、これからはほんの少しだけ自分にも向けてあげればいいのだと思います。
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