無いものは探さない あるものが見えなくなるから

無いものは探さない あるものが見えなくなるから

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こんにちは。子育て&教員のマインドサポーター、hanaです。
ようこそお越しくださいました。


唐突ですが。

「どうして私には〇〇がないんだろう」と思ってしまうことはありませんか?

「どうして私は集中力がないんだろう」
「どうして私は料理が下手なんだろう」
「どうして私は球技がこんなにできないんだろう」

自分がもっていないもの、できないことを「どうして……?」と考えてしまうとき、私たちは知らず知らずのうちに、他の誰かと比べてしまっています。

そもそも、生き物が周囲と自分を比較して「強弱」を測るのは、生き延びるための本能(デフォルトの機能)です。
しかし、人間には高度な想像力があるため、「持ってもいない理想の自分」を脳内に作り出し、現実の自分と比べては強い劣等感や焦りを抱いてしまいます。


「どうして私には〇〇がないんだろう」と、自分の中に「無いもの」を探し始めると、自分の中に「あるもの」が見えなくなっていきます。

集中力は欠けるかもしれないけれど、多角的に物事を考えられるかもしれない。
料理は上手にできないけれど、時短食材を使って効率よく夕食の支度ができているかもしれない。
球技はものすごく苦手だけれど、筋トレは好きだし、スポーツを離れれば人の良さをキャッチして自分を合わせることができるかもしれない。

目に入ってしまった他者と自分を比べてしまうのは、仕方のないことです。
もし比べてしまったら、「〇〇はないけど、△△はあるよね」と意識を自分の中に向けていく。
そうすると、ちょっと気持ちが楽になります。


ただ、ここで一つ、心のモヤモヤが生まれるかもしれません。
「『時短できているから、料理の腕は上がらなくてもいいや』と考えるのは、単なる諦めや言い訳、向上心のストップなのではないか」という疑問です。


実は、「諦め」と、今あるものに目を向ける「足るを知る」という行為は、外側(他人の目や一般的な基準)から見たら、どちらも「それ以上を求めない現状維持」という意味で、全く同じことに見えます

しかし、その内実(自分の心の状態)は180度違います。

「諦め」は、無いものに目を向けたまま「どうせ私なんて」といじけて背を向ける、心が萎縮した状態です。
一方で「足るを知る」は、無いものは潔く手放して、「私にはこれがある!」と自分の中の豊かさを愛おしむ、心が満たされた状態です。


「ないものは探さない」というのは、決してネガティブな言い訳ではありません。
今すでにある幸せや自分の性質に気づき、自分を大切にするための、とてもポジティブな選択なのです。


「どうして私には〇〇がないんだろう?」

もしまた、心の中でそんな言葉が呟かれそうになったら、そっと意識の向きを変えてみましょう。

「無いもの」に執着して「諦め」とするか、「あるもの」に目を向けて「足るを知る」とするかは、自分次第です。

「諦め」ではなく「足るを知る」の目で自分を見つめ直したとき、私たちはすでに、たくさんの豊かなものを持っていることに気づけるはずです。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。









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