前回の続きの記事です。
私たちの心と身体には、恒常性(こうじょうせい) という働きがあります。
体温が一定に保たれるように、心もまた、潜在的に「いつも通りの自分」を必死で保とうとします。
たとえ今がどんなに苦しくても、「知っている状況を維持しているほう」が、心にとっては安全。
「変わる」ということは、心にとっては未知の世界へ足を踏み出すことであり、本能的には「危険」と判断されてしまうのです。脳は、変化を嫌うものなのです。
だから、いざ自分を変えようとすると、心は全力でブレーキをかけます。
「今は忙しいから」 「また今度にしよう」 「そんなことして、意味あるの?」
これらは、変わらないために働いている、強力なガードです。
脳は、どんなに嫌な状況でも、どんなに辛い状況でも、「変わってほしくない」と思っています。変わらない自分でいるために、そして変わらない自分に満足するために、もっともらしい理由を、いろいろと探し出してくるのです。
外側を見ている間は、守られている
外側に意識が向き続けるのも、このガードのひとつです。
周囲の問題に目を向けている間は、自分の内側と向き合わずに済みます。
そして、うまくいかないことがあっても、「環境が悪かった」「あの人が、こうだったから」と、外側に理由を見つけることができる。うまくいかなくても、自分のせいじゃないと思えます。
「だって、あの人が悪いんだから」 「あの人がこうだったから、こうなった」「だからしょうがないじゃん、私のせいじゃない」
これは、意識してやっていることではなく、ほとんど無意識に、反射的に思考している場合が多いものです。長い時間をかけて、自分を守るために身につけてきた、自然な、そしてとても賢いパターンなのです。
外側を見ているあなたも、変わることにブレーキをかけるあなたも、ぜんぶ、「変わらないでいよう」「変わらないほうが危険がないよ」と、あなたを守ろうとして起きていることなのです。
私自身も、内観ができるようになる前は、「あの人がこうで、ああで…」と、周りの出来事や他者の行動にばかり注目し、一喜一憂していました。いわゆる、他人軸です。
自分の軸がないから、他者の言動や行動ばかりが気になる。誰かに褒められたときは承認欲求が満たされもしますが、それも一瞬のこと。常に周囲の評価を基準にし、自分もまた周囲を批評的に見ているので、心の中では、満たされない感覚が続いていました。
(次の記事に続きます)