「建築士の証明書だけ欲しい」その依頼をお断りした理由――旅館業申請で見落とされる大切なこと

「建築士の証明書だけ欲しい」その依頼をお断りした理由――旅館業申請で見落とされる大切なこと

記事
法律・税務・士業全般
「証明書をお願いできますか?」

先日、旅館業への切り替えを予定している建物について、建築士の証明書を作成してほしいというお問い合わせがありました。

対象は既存の建物。依頼の中心は、旅館業の申請に必要な建築士の証明書を用意することでした。

一見すると、建築士の資格があれば対応できそうな仕事に思えるかもしれません。
しかし、私はこの依頼をお断りしました。

なぜでしょうか。

実は、ここに建築士の証明書というものの大切な意味が隠れています。
2026年、旅館業の審査で重要な通知が出された
2026年5月28日、厚生労働省と国土交通省は「旅館業の許可時における建築基準法への適合確認の徹底について」という通知を出しました。

注目したいのは、既存建物を旅館・ホテルなどに用途変更する場合の取り扱いです。

通知では、用途変更する部分の床面積が200㎡を超える場合、用途変更に係る確認済証を求めることとされています。

一方、200㎡以下の場合には、建築基準関係規定に適合している旨の建築士による証明書を求めることとされました。

ここで誤解してはいけないことがあります。
200㎡以下だから、建築基準法を気にしなくてよいという話ではありません。
一定の用途変更で建築確認手続きが不要になることと、用途変更後の建物が建築基準関係規定に適合していることは、まったく別の問題なのです。

つまり、証明書は単に申請書類を一枚増やすためのものではありません。
「建築士が署名すればよい」という話ではない
ここからは、建築士としての考えをお話しします。

例えば、古い住宅を宿泊施設に変更するとしましょう。

その建物について、建築当時の図面は残っているでしょうか。
現在の間取りは、その図面と一致しているでしょうか。
過去に増築や間取り変更が行われていないでしょうか。
用途変更後に求められる避難、防火、採光、換気などの条件は、どうなっているでしょうか。

こうした事項は、建物の条件によって確認の必要性や方法が異なります。

建築士の証明書が求められているからといって、建築士の名前と登録番号を書くだけで済むものではありません。

そもそも、何を調査し、どの規定への適合を、どの資料や現況に基づいて判断するのか。
その過程があって初めて、証明の内容に意味が生まれると私は考えています。

国土交通省も「既存建物の現況調査」を重視している
既存建物については、もう一つ重要な動きがあります。

国土交通省は2024年12月に「既存建築物の現況調査ガイドライン」を策定し、2025年4月には従来の関連ガイドラインを統合しました。

このガイドラインでは、増改築等を行う既存建物について、検査済証の交付状況や建築時期などを調べ、必要な現地調査を行い、法令への適合状況を整理する方法が示されています。

もちろん、これは旅館業のあらゆる証明書に、そのまま一律に適用するための手順書ではありません。

それでも、既存建物を活用するうえで、過去の書類と現在の建物の状態を確認することが重要だという点は共通しています。

図面があることと、現在の建物がその図面どおりであることは、同じではないのです。


私が受任できなかった理由


では、今回のお問い合わせをなぜお断りしたのでしょうか。

理由は大きく二つあります。

一つ目は、正式な証明書を作成するうえで、必要な現地調査を私自身が行えないことです。

私の業務はオンラインを中心に運営しています。

ココナラでは直接会うことを前提としたサービスの提供が制限されており、現地に出向いて調査する仕事を、その取引の中で引き受けることはできません。

二つ目は、建築士の責任です。

資料による法規検討や図面上の確認はできます。しかし、それだけで実際の建物の現況まで確認したことにはなりません。

私の場合、建築士事務所名や登録番号を記載し、適合性を証明する正式な書面については、自ら必要な現地調査を行っていない案件を受任しない方針です。

これは、全国すべての証明書に同一の調査方法が法律で定められているという意味ではありません。

自分で確認していない事実について、確認したかのような証明はできない。

建築士として、そこは曖昧にしたくないのです。

それでは、何から始めればよいのか

旅館業への転用を考える方には、証明書の依頼先を探す前に、まず建物の資料と計画条件を整理することをお勧めします。

確認済証や検査済証があるか、建築当時の図面は残っているか、現在の用途と今後の用途は何か、過去に増改築があったか。

そのうえで、建物所在地の建築担当部署と保健所に、必要となる手続きや確認事項を照会することが大切です。

検査済証が見当たらない場合も、その事実だけで直ちに違反建築物と決まるわけではありません。一方で、書類がないまま適法性を確認せずに進めてよいわけでもありません。

まずは何が確認できていて、何が確認できていないのかを整理する。

ここに専門家へ相談する意味があります。

建築相談は、証明書を作る前から始まっている

今回の相談では証明書そのものをお引き受けできませんでした。

しかし、証明書を作れないことと、何も相談できないことは別です。

既存図面や建築計画の資料を基に、用途変更の検討課題を整理したり、関係法令の適用条件を調べたり、行政に確認する事項をまとめたりすることは、現地調査を伴う正式な証明業務とは異なります。

もちろん、資料だけでは判断できない部分もあります。その場合には、必要な現地調査を行える建築士へ引き継ぐことになります。

私は長年、大工として現場に携わり、建築士として設計や法規検討を行ってきました。

その経験から感じるのは、相談者が最初に求めているものと、本当に解決すべき問題が必ずしも一致しない、ということです。

「証明書が欲しい」という相談の本質は、実際には「この建物で旅館業を始められるのか」という問題なのかもしれません。

大切なのは、書類を一枚そろえることではなく、その建物で計画が成立するのかを、根拠を持って確かめることです。

建築計画は、そんな最初の疑問から始まるものだと思っています。

参考資料

厚生労働省・国土交通省「旅館業の許可時における建築基準法への適合確認の徹底について」(2026年5月28日)

国土交通省「既存建築物の現況調査ガイドライン」

建築士法 第18条

ココナラ「ルールとマナー」「会うことを前提としているサービス」
サービス数100万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す