AIがだいぶ世の中に浸透したと思います。自分でも趣味系のブログの方でAIを使用して画像を出力して遊んでしますが、まだ使いものにならないなというのが正直な感想です。「食わせて学習する」という特性上、オペレーションよりの平均を出すのは上手だと思いますが、個性や極限の表現を出すのは苦手。ただ、人間の五感の中で「聴覚だけ」「視覚だけ」で判断するものはAIと人間の差が無くなってしまったように思います。現に公募の俳句賞やフォトコンはAIとオリジナルの区別ができず、賞の取り消し、そしてコンテスト自体が中止と結果としてクリエイティビティに関わる間口を狭くすることが起こっています。今後狙われるものとして「音楽」があるのかなと。
ですが、人間の五感の中で、という書き方をしたのに理由がありまして、残る「触覚」「嗅覚」「味覚」と皮膚接触に関わるもの+「第六感」はAIの置き換えは困難を極めると思います。AIが不気味の谷を超えない理由として動物がもつ「第六感」に触ることが理由のひとつですし、人間が「ことば」を認知する以前、赤子の頃は皮膚から伝わる感覚で感情を表します。言語を伴わないコミュニケーションは長い年月を経て「記憶」として蓄積されていくものです。日本の北と南ですら食べ物が違うくらい、全ての平均化が難しい。食べ物が完全機能食品化して文化が排除されるとAI化が進むとは思いますけどね。でもそうなると人間って退化するような気がします。
人間は「地球上に生息する動植物の一種」であり高度な脳機能の中で蓄積された自身の歴史に対し、特に触覚による記憶の呼び起こしがあるから面白いのです。中学2年生で聴いていた音楽が一生の音楽になるといわれるように、脳が成長し、自我が目覚めた頃に自分で選んだ音楽、実は胎児の頃に親が触れていたものと結びつくとしたら?味覚も普通は想像以上に保守的だと思います。結婚後に食文化が合わず苦しむ夫婦も多いですよね。
現在のマーケティングに於いて「プロセスエコノミー」が重要とされている理由になります。プロセスの分析はAIの方が得意だとは思いますけど、プロセスに伴う感情表現はまだまだ人間でないと難しいですね。