家族の形、パートナーとの形

家族の形、パートナーとの形

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コラム
こんにちは♪


結婚していたとき、お義母さんから頂いた扇子。
もう20年以上前のものかなあ。


ばーばにもらったことと、気に入っていることを娘にお話ししたら、そのことをLINEしたようで、
「ばーばもちょうど、ママにもらった眼鏡ケースをばーばの娘に『可愛い』って言ってもらったところだったよって、お話ししていたよ」
と。


なんだかほっこりしました。
シンクロは自然のうちのことだけど、
そこに気づけると、その自然に触れるからか、
なんだか幸せな心地が生まれてきます^^


昨日からのお電話のことを感じていて、
ふと、また今、書きたくなったので……。


家族の形、パートナーの形。
それは、生きてきた時代によっても、
その価値観はさまざまですよね。


特に家族の形は、
親から教えられてきたことが、
いつの間にか”これが正解”という観念になっていることもあるのかもしれません。


昨日、続いてお話ししている中で、

家族の形にこだわらなくていいんですね~
と、ふんわりとした気づきが起きたひとときがありました。


家族でも、パートナーシップでも、
自分が自分として存在できること。
そのうえで、自然に一緒にいられること。


そんなところから、形に囚われない、
その人たちにとっての自由な関係が生まれてくるのかもしれないな、と感じています。


そもそも本質的には、
ひとつの生命の現れとして、私たちは生まれています。


だから、いのちから見れば、
出会う人、出会う人が、
いのちの仲間というのか、
家族というのか……。


言葉にすると、
またそれぞれによって言葉から受け取るイメージが違うので、
難しいところもあるけれど。


距離があることも、
理想通りではないことも、
相手が思い通りではないことも、
必ずしも”合わない”とではないのかもしれません。


昔は、『ふたつでひとつ』という表現に
憧れていたこともありました。


でも今は、
ひとつとひとつが、
それぞれのままに存在して、
そのまま自然に触れ合っている。


そんなことが、
本当の関わりなのだろうなあと感じています。


”自分を満たしてくれる人”から、
お互いが自分として生きている姿を、
そのまま見合える人へ。
そんな関係なのかもしれません。


そして、それには、
自分の醜さや弱さも見られることが
必要になってくるようです。


いいところだけを見せ合うのではなく、
見せたくない自分も、
弱い自分も、
ちょっと醜い自分も、
”こんな自分もいるんだな”と
自分自身が見てあげられる。


そして相手の中に見たくないものが現れたときも、
すぐに「合わない」と決めつけるのではなく、
”私は今、何に反応しているんだろう?”
と、自分の中を見てみる。
時には勇気がいるけれど。


もしかしたらそこには、
自分でもまだ見たくなかった自分を
見せてもらっていることもあるのかもしれません。


もちろん、離れたほうがいい関係もあるし、
何でも我慢して受け入れるということではなくて。


ただ、相手を変えようとする前に、
自分の中で何が起きているのかを見てみる。


そうすると、
人との関わりの中に、
思いがけない気づきが生まれることがあります。


家族も、
パートナーも、
こうでなければならないというものではなくて。


それぞれが、それぞれの場所で、
自分として生きている。


そして、そのままの二人が
自然に出会い、触れ合っている。


そんな関係って
とても自然で、
とても自由な家族やパートナーシップの形なのかもしれないなと
感じるのでした。












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