こんばんは。
今日はこちらは雨でした。
雨の中少しお買い物をしましたが、妹へシェアしたいものが浮かんで
それを買って郵送できることが嬉しかったり、
行きかえり通る道のおうちの前に駐車していた車が
ずっとハザードランプついていたので
ピンポン鳴らして伝えるという経験が起きたり
本当に大したことではないけれど
日常で与えるという働きが生まれると
同時にささやかな喜びが生まれることも
また喜びだったり・・・
何気なく目についた本の中に
『与えよ、さらば与えられん』
とありました。
何気なく横になってからだを感じていたとき
生きてるっていう働きのあまりの凄さに
怖くなるというような心地も生まれます。
何もしていないということに・・・
このからだの働きの完璧なバランスは
どんな風にとられているのだろう・・・
与えられてばかりのその源の働きに
胸がいっぱいになるのでした。
それを忘れて、多くは
もっともっとと求めてしまうけれど
その与えられてるということを深く感じると
充分ではないかという心地と
与えたいという心地がささやかに生まれてくるのを
感じるかもしれません。
それはまた意図的なものでもなく
自然なその瞬間、いのちから自然にでてくる湧き上がりが
それだと思うのです。
それに触れるとこころが温まりますね。
目の前に現れたものや人の視点にたって
感じてみたりすることも
起きてくるようになるかもしれません。
それがいのちの自然な与えるという働きでもあるから・・・
しなければでもなく(ないときはないも自然)
得になるからでもなく
本当にささやかなその瞬間の自然な働き
湧きあがり
それらは自らもが喜びで満たされることでもあるみたい。
このからだを通して起きてくるいのちの表現に
素直で在りたいですね^^