理由が分からないのに、ざわざわする日があります

理由が分からないのに、ざわざわする日があります

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導仁です。

特に嫌なことがあったわけでもない。
大きな失敗をしたわけでもない。

それなのに、どこか落ち着かなくて、
心の底がずっとざわざわしている日があります。

ため息が増える。
なぜか何度も時計を見てしまう。
スマホを触っていても、あまり頭に入ってこない。

「これが理由です」と言える出来事が思い当たらないのに、
心だけが不安定なまま、じっとしていられないような感覚。

そんな日が、時々やって来ます。

こういうとき、
私たちはよく「原因探し」を始めます。

最近あった出来事を、ひとつずつ思い出してみる。
誰かの言葉を、細かく振り返ってみる。
自分の行動に、何か悪いところがなかったか探してみる。

「これのせいだ」と分かれば、
少しは落ち着ける気がするから。

でも、探しても探しても、
はっきりした理由が見つからないことがあります。

見つからないまま時間だけが過ぎていくと、
今度は「理由も分からないのに不安になっている自分」に
不安を感じてしまう。

そうして、不安が不安を呼ぶような
ちょっとややこしい渦の中に立たされることがあります。

理由が分からない不安は、
決して「根拠のない心配性」だけが原因ではありません。

たとえば、

ここしばらく、緊張状態やプレッシャーが続いていた

「大丈夫なふり」をして乗り切った出来事が積み重なっていた

変化が多く、「まだ言葉になっていないストレス」がたまっていた



こういうとき、
表面上の出来事はもう終わっていても、
心の奥にはまだ処理されていない感情が残っています。

その感情たちが、「ちゃんと見てもらえていない」と感じると、
無意識のところから
「ここにいるよ」と訴えるように、
ざわざわが顔を出してくることがあります。

それは、
あなたを困らせるためではなく、
「まだ整理しきれていないものがありますよ」という
小さなサインでもあるのだと思います。

理由が分からない不安の中にいるとき、
ついしてしまいがちなことがあります。

それは、
「今この瞬間に、全部をスッキリさせようとすること」です。

たとえば、

不安をゼロにしようとして、考え続けてしまう

完璧な原因を見つけようとして、過去の出来事を掘り返し続ける

「気にしないようにしなきゃ」と、自分に言い聞かせ続ける


どれも、その場しのぎにはなりますが、
長い目で見ると、心のエネルギーを大きく消費します。

本当は、
「理由の一部だけが分かる」
「今日はここまでしか見えない」
という状態でも、十分なときがあります。

無意識の不安は、
一度に全部を明らかにしようとすると、
むしろ奥に隠れてしまうこともあるのです。

じゃあ、どう扱えばいいのか。

理由が分からないのに、ざわざわする日に
私たちができることは、とても小さなことです。

まず、「ざわざわしている」という事実だけを認める
「理由はまだ分からないけれど、今の私は落ち着いていないんだな」と
ラベルを貼るように言葉にしてみる。

そのうえで、今日ひとつだけ、
「これが原因かもしれないな」と思うものを挙げてみる
はっきり確信できなくても大丈夫です。
「最近ずっと我慢していたこと」「気になっているけれど後回しにしていること」
そういうものを一つだけ見つけてみる。

そして、「今はまだ全部は見えなくていい」と、
自分に許可を出してみる
今日は「不安を完全に消す日」ではなく、
「不安があることを自覚する日」にしてもいい、と決めてみる。


これは、
不安を放置することではなく、
自分の心のペースに合わせて向き合うための、
スイッチの切り替えです。

無意識下の不安が強くなるとき、
もうひとつ起きやすいことがあります。

それは、
「明るいもの」や「心地よいもの」が、
うまく目に入らなくなることです。

本当は、
今日も誰かが優しい言葉をかけてくれていたかもしれない。
本当は、
自分なりにちゃんと頑張れていた場面もあったかもしれない。

でも、不安で頭の中がいっぱいになっているときには、
そういった出来事が、すべて背景に溶け込んでしまいます。

だからこそ、
ざわざわする日の終わりには、
意識して「今日はこれが救いだったな」と思える何かを
一つだけ拾い上げてみることが役に立つことがあります。

なんとかここまで来られたこと

誰かと少しだけ笑えたこと

ひとつだけ予定をやり遂げたこと


それらは、不安を消すための材料ではなく、
「不安だけが今日を占めていたわけではない」と
心に伝えるための、小さな証拠です。

理由が分からないのに、ざわざわする日があります。

そのざわざわを、
「意味のない不安」と切り捨ててしまうのは、
もったいない、と私は思います。

そこにはきっと、
まだ言葉になっていない疲れや、
見過ごしてきた悲しさや、
本当は怖かったのに笑って済ませてきた出来事が
少しずつ溜まっているはずだから。

今日のところは、
不安を完全に片づけようとしなくていい。

ただ
「私は今、理由の分からない不安を抱えている」と認めること。
「それでも、今日の私には守れているものがある」と気づいてみること。

その二つがそろったとき、
無意識のざわざわは、
少しずつ「理解できる不安」に姿を変えていきます。

導仁より。



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