プレイヤーの常識はマネージャーの非常識~ポジションが変わったら、アンラーニング~

プレイヤーの常識はマネージャーの非常識~ポジションが変わったら、アンラーニング~

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コラム
「伝わらないなぁ」
部下に対して、そんな感覚を抱いたのはマネージャーになって数ヶ月後のことでした。
私は、日本年金機構で15年間、徴収職員として現場の最前線に立ってきました。
財産調査、交渉、差押──言葉だけでは通じない場面でも、相手の心を読む力や踏み込む勇気を磨いてきた自負がありました。
だからこそ、マネージャーになったとき、
「自分がプレイヤーとして経験してきたことを、部下に伝えよう」
「型を伝えれば、きっとうまく動けるようになる」
そう信じて疑いませんでした。
しかし、それが大きな間違いでした。
プレイヤーとマネージャーは、別の職業である
「なぜ、このタイミングで言わないんだ?」
「自分ならこうやるのに、なんでそうしない?」
そう思う場面が増える一方で、部下たちには私の言葉がどこか届いていない空気がありました。
そして気づいたのです。
私は、自分の過去の“正解”を、部下にも押しつけていたのかもしれない。
プレイヤーは自ら動き、現場で成果を出す仕事。
一方、マネージャーは、人を動かし、全体の成果を引き出す仕事です。
似ているようで、求められる視点も、時間の使い方も、言葉の選び方も、まったく違う。
この2つは“職種が違う”と言ってもいいくらいの転換が必要だったのです。
経験は、全部使わなくていい
プレイヤーとしての経験は確かに宝です。
でも、その宝をどう使うかを考えずに「全部出す」と、相手にとってはただの重荷になります。
たとえば、交渉の流れを「型」として細かく伝えていたときのこと。
部下から「そういう場面、まだ経験がないのでピンときません」と言われたことがありました。
「型」や「方法」を一方的に伝えることは、
相手の選択肢を“奪ってしまう”可能性があるのです。
人は、自分で選びたい。
自分で気づいたこと、自分で選んだことには責任を持ちます。
その視点を持っていなかった私は、
「正しい伝え方」ではなく、「納得できる問いかけ」をする必要があったのです。
アンラーニングとは、“経験を捨てる”ことではない
この段階で、私が向き合ったのが「アンラーニング」という考え方です。
アンラーニング=学びを捨てる
と聞くと、ちょっと怖く感じますよね。
でも、実際にはこう捉えた方がしっくりきます。
「一度、経験を脱ぐことで、新しい視点が入ってくる」
ずっと着続けていた自分の“勝負服”を一度脱ぐ。
すると、思っていたより身軽になって、
新しい服を試してみようかな、と思えるようになる。
部下との関係も同じでした。
「教える」から「問いかける」へ。
「答えを出す」から「選ばせる」へ。
すると、少しずつですが、部下の表情が変わり、動きが出てきました。
手放す勇気が、未来を開く
アンラーニングには、少しの勇気と、少しの寂しさが伴います。
自分の得意技を手放すこと。
正解だったものを疑うこと。
それって、とても怖いです。
でも、それ以上に得られるものがあります。
視野が広がること。
人の気持ちを尊重できること。
そして、自分がまだまだ成長できるという実感。
マネージャーとは、完璧な存在になることではなく、
「手放して、学び直す姿勢を持ち続けられる人」なのかもしれません。
おわりに
マネージャーになるとは、“プレイヤーの自分”を一度手放すこと。
そして、新しい自分を学び直す、もう一度の「はじめまして」なのかもしれません。
アンラーニングは、経験を否定するものではありません。
むしろ、経験の上に、選び直しと成長の余白をつくる行為です。
今、何かがうまく伝わらないと感じている人がいたら、
それは“手放しどき”のサインかもしれません。
💬 あなたが「脱いだ経験」、何かありますか?
ぜひ、コメント欄であなたのアンラーニング体験も教えてください。
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