「11月2日、政府が全国民に緊急要請」
こんな見出しを見たら、何事かと思いますよね。
さらにネット上では、「大地震が起きるのでは?」「戦争が始まるのでは?」といった憶測まで広がっていました。
正直、こういう騒ぎを見るたびに思うんです。
どうして、わざわざ人を不安にさせるような伝え方をするんだろう。
もちろん、本当に危険が迫っているなら、きちんと知らせる必要があります。
でも、根拠のない憶測を並べて「何かが起きるかもしれない」と不安を広げるのは、話が違うと思うんです。
実際には、何が発表されたのか
11月2日、防災庁が発足し、「事前防災徹底のための緊急要請」が発表されました。
内容は、水や食料を最低3日分、できれば1週間分備蓄すること。家具の固定や避難経路の確認など、普段から災害に備えてほしいという呼びかけです。
特別な地震の予知情報があったわけではありません。
そもそも、こうした備えは以前から大切だと言われてきたことですよね。
それなのに、「全国民」「緊急要請」という強い言葉だけが目立ち、そこにさまざまな憶測が重なっていった。
政府が正式に使った「緊急要請」という表現についても、もう少し誤解を招かない伝え方ができなかったのかな、と感じます。
本当に伝えたいのが日頃の備えの大切さなら、なおさらです。
その情報を見て、不安になる人がいる
私が特に嫌なのは、情報を発信する側が、その先にいる人の気持ちを置き去りにしているように感じることです。
ネットの情報を見て、「また大げさなことを言っているな」と流せる人ばかりではありません。
本当に災害が起きるのではないかと心配する人もいるでしょう。
家族のことが気になったり、怖くなって何度も情報を調べたりする人もいると思います。
発信する側にとっては、たった一つの投稿かもしれません。
でも、それを受け取った人が、どんな気持ちで一日を過ごすことになるのか。
そこまで考えて言葉を選んでほしいんです。
人の不安は、誰かの注目を集めるための道具ではありません。
不安を煽ることと、正しく伝えることは違う
防災への備えは必要です。
だからといって、何でもかんでも「危険」「緊急」「大変なことになる」と強調すればいいわけではないと思います。
本当に必要なのは、何が分かっていて、何が分かっていないのかを伝えること。
そして、今できることを具体的に知らせることではないでしょうか。
これは普段の人との会話でも同じだと感じています。
相手が不安になっているときに、さらに怖がらせるような言葉を重ねても、安心して話せるわけではありません。
まずは何が心配なのかを聞く。
事実と想像を混同しない。
分からないことは、分からないと伝える。
そういう当たり前のことを、私は大切にしたいです。
不安を感じたときこそ、少し距離を置いてもいい
ネットには、毎日のように刺激の強い見出しが流れてきます。
でも、目に入った情報を全部受け止める必要はありません。
気になる情報があれば、まずは公的機関などの発表を確認する。
それでも不安が強くなるなら、いったん画面を閉じてみる。
何度も同じような情報を追いかけるより、誰かと話したほうが気持ちを整理できることもあります。
私もココナラで電話相談をしていますが、不安を煽ってまで誰かに利用してほしいとは思っていません。
ただ、ニュースを見て気持ちが落ち着かなくなったときや、誰かに聞いてほしいことがあるときに、気軽に話せる相手でありたいと思っています。
無理に前向きな話をする必要もありません。
世の中のニュースに腹が立った、ネットの情報に疲れた。そんな話でも構いません。
人を不安にさせる言葉より、少しでも安心して話せる時間を大切にしたい。
今回の騒ぎを見て、改めてそう感じました。
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