誰かから褒められたとき、皆さんは素直に「ありがとう」と言えますか?
「すごいね!」
「よく頑張ったね!」
「本当に助かったよ!」
そんな言葉をかけてもらったとき、本当は嬉しいはずなのに、
「いやいや、そんなことないですよ」
「今回はたまたまです」
「私なんて全然ですよ」
つい、こんな返事をしてしまう。
あとになって、「普通にありがとうって言えばよかったな」と思うこともありませんか?
仕事で成果を褒められたときだけではありません。
友人から服装を褒められたり、家族から料理を美味しいと言ってもらえたり。
誰かの相談に乗ったあと、「話を聞いてくれてありがとう」と感謝されたときでさえ、
「いや、何もしてないよ」
と返してしまうことがあります。
でも、本当は何もしていなかったわけではないんですよね。
相手の話を真剣に聞いたり、喜んでもらえるように考えたり、自分なりに時間を使っていたはずです。
それなのに、どうして自分がしたことを小さく見せてしまうのでしょうか。
もちろん、単純に照れくさいという人もいると思います。
ただ、中にはこんな気持ちが隠れていることもあるのではないでしょうか。
「褒められるほどのことはしていない」
「自分より頑張っている人はたくさんいる」
「期待されて、次にがっかりされたら嫌だな」
せっかく嬉しい言葉をもらったのに、いつの間にか自分と誰かを比べたり、まだ起きてもいないことを心配したり。
褒められたはずなのに、なぜか気持ちが落ち着かない。
そんな経験がある方もいると思います。
ここで少し考えてみたいことがあります。
誰かから褒められたとき、私たちはその言葉に見合う人間でなければいけないのでしょうか。
例えば、友人から「あなたと話していると楽しい」と言ってもらえたとします。
それは、その友人が一緒に過ごした時間を楽しいと感じた、ということですよね。
これからも毎回相手を楽しませなければいけないわけではありません。
「優しいね」と言われたからといって、いつでも優しく振る舞わなければいけないわけでもありません。
褒め言葉を受け取ることと、これから先も期待に応え続けることは、別の話だと思うんです。
それに、自分では大したことではないと思っている行動が、誰かにとっては嬉しいことだったのかもしれません。
忙しいときに声をかけてもらえたこと。
何気なく話した内容を覚えていてくれたこと。
最後まで話を聞いてもらえたこと。
特別なことをしたつもりがなくても、相手にとっては十分ありがたいことだった。
そんなこともありますよね。
だから、褒められたときに無理やり自信を持つ必要はないと思います。
「自分なんてまだまだ」と感じる日があってもいい。
ただ、その気持ちとは別に、相手が伝えてくれた嬉しい言葉まで否定しなくてもいいんじゃないでしょうか。
「ありがとうございます。嬉しいです」
まずは、それだけでも十分だと思います。
そして、これは褒められたときだけの話ではありません。
人間関係で悩んでいるときも、仕事や家庭のことで疲れているときも、私たちはつい自分の気持ちを小さく扱ってしまうことがあります。
「こんなことで悩むなんて」
「もっと大変な人もいるのに」
「わざわざ誰かに話すほどでもないよな」
でも、他の誰かと比べて、自分の悩みが大きいか小さいかを決める必要はないと思うんです。
私は、誰かのお話を伺うとき、その人が何を感じたのか、どうしてそう思ったのかを大切にしたいと考えています。
ココナラの電話相談では、仕事や人間関係、家族や友人とのこと、日常のちょっとした愚痴まで、幅広くお話をお聞きしています。
嬉しかったことを誰かに話したい日も、納得できないことがあって愚痴をこぼしたい日も。
何から話せばいいか分からなければ、思いついたところからで構いません。
初めての方も、以前お話しした方も。
「こんな話でもいいのかな」と気にせず、その日に話したいことを聞かせていただけたら嬉しいです。