わたしはずっと、「外見オンチ」でした。
センスに自信がなく、
似合う服もわからず、気づけば黒い服ばかり。
メイクも習ったことがなくて、苦手意識だらけ。
変わらなくては、と思っても——
そもそも「どう変わればいいのか」がわからなかった……。
10代の頃は「ブス」「デブ」「おかま」と言われ、
24歳のときには、つきあっていた男から
「1000万円出すから整形したら?」と言われたこともありました。
20代のわたしは、自分の「顔」との闘いのなかにいました。
鏡も写真も苦手で、生きているだけでつかれるような毎日。
そんな長い時間を過ごしてきました。
わたしが “外見オンチ” という言葉を見つけたのは、
2008年、自著『外見オンチ闘病記』を出版したときです。
でも、外見オンチだったからこそ気づいたことがあります。
外見には「正解」がない。
SNSの美意識でも、メディアの流行でもない。
その人が生きてきた時間や、心の質感のようなものが
顔や雰囲気にそっと滲み出る。
外見オンチの視点は、常識の外にいるぶん、
その“にじみ”をまっすぐ見る力があるのではないか——
そんなふうに思うようになりました。
わたしはこの視点を
「リセット・ルッキズム」 と呼んでいます。
ルッキズム(外見第一主義、外見至上主義)とは、人を外見や容姿を基準に判断したり、差別したりする考え方ですが、わたしは「外見や容姿をあれこれ言うこと&思うこと」だと伝えています。
外見の偏差値やランキングをいったん手放し、
他人基準の美しさから離れる。
そのうえで、自分のペースで、
自分の心地よさや生き方に合う外見を取り戻す方法です。
長いつきあいの顔は、
しんどかった日も、がんばった日も、一緒に歩いてくれた相棒みたいなもの。
そう思えるようになると、
外見にまつわる重たい気持ちが、すこし軽くなります。
来週は、いよいよ12月からはじまる
「外見&ヘナ染めセッション」をなぜはじめようと思ったのか
その思いを書きます。
外見がつらかったわたし自身の物語と重ねながら、
静かに想いをお届けします。山中登志子
お知らせ
*来週12月5日スタートで、ココナラでのセッション(外見、ヘナ染めセッション)を準備中です。
*note では「これは事件です! でも人生面白い」をキャッチフレーズにして、わたしの3つの顔について書いています。
*実録エッセイ「53歳で美容師になった理由」を11月30日よりスタート。外見と人生の物語を、もう少し深く書いていく予定です。