新約聖書ガラテヤ人への手紙第5章にこうあります。
◎陰の世界
19節 生まれながらの悪い性質、つまり肉に従った結果がもたらすものは明らかです。
偶像礼拝
心霊術
憎しみ
争い
怒り
利己心
不平
あら捜し
排他主義とそこから出てくる間違った教え
ねたみ
人殺し
泥棒
遊興
そのような種類のものです。
前にも言いましたが、もう一度言いましょう。
そのような生活を続ける者は、一人として神の国を相続出来ません。
◎陽の世界
22節 しかし、精霊が生活を支配してくださる時、私たしのうちに、次のような実を結びます。
愛
喜び
平安
寛容
新設
善意
誠実
柔和
自生
です。
キリストに属するものは、生れながらの自分が持つ肉の欲望を十字架につけてしまったのです。
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生きながらにして霊界を行き来できた1700年代に活躍されたスウェーデン人
エマヌエル・スヴェーデンボリ(ボルグ)は、その著書に人が死んだあとの世界を語っています。
以下ChatGPTまとめ
スウェーデンボルグ(エマニュエル・スウェーデンボリ、1688-1772)は
スウェーデンの科学者であり神秘主義者です。
彼の著作『天国と地獄』は、天国、地獄、そして霊界についてのビジョンに基づいています。
スウェーデンボルグによれば、天国と地獄は人々の内面的な状態によって決まるものであり、
物理的な場所ではありません。
天国は愛と慈善に基づいた生活を送る人々の住む場所であり、神との調和の中で幸福を享受します。
一方、地獄は自己中心的な欲望や悪行に従う人々が行く場所で、苦痛と不調和が支配します。
彼の教えは、
自由意志と個人の選択の重要性を強調しています。
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つまり
ガラテヤ人への手紙第5章の「陰の世界」と「陽の世界」に関する記述は、
スウェーデンボルグの天国と地獄の概念と共通点があります。新約聖書では、
肉に従った行い(陰の世界)が神の国を相続できないとし、
霊によって支配される生活(陽の世界)を強調しています。
スウェーデンボルグの教えも、天国と地獄は物理的な場所ではなく、
内面的な状態を反映しています。
天国は愛と慈善に基づいた生活の結果であり、
地獄は自己中心的な欲望や悪行の結果として表現されています。
彼の教えでは、自由意志と個人の選択が重要視されており、
人々の行動と内面の状態がその後の霊的な運命を決定するという考え方です。
このように、どちらも内面的な状態や行動の結果が重要であり、
善行や愛が天国に繋がり、悪行や自己中心的な行動が地獄に繋がるという点で共通しています。
つまり、どちらの教えも人々に善行を勧め、悪行を戒めることで、
より良い内面的な状態を目指すことを強調しています。
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陰と陽は切り離せないもの
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一方、日本の「大本教の教祖」と呼ばれている出口王仁三郎(でぐちおにさぶろう)は
宇宙や人間の存在は陰と陽の調和によって成り立っていると信じていました。
陰(ネガティブなエネルギー)と陽(ポジティブなエネルギー)は対立するものではなく、
互いに補完し合う存在です。
王仁三郎は、精神的成長や内面的な調和を達成するために、
この二つのエネルギーのバランスを保つことが重要であると説きました。
調和とバランスが幸福と平和の鍵であると教えています。
王仁三郎は、天国と地獄は
霊的な進化と人間の行動に基づいています。天国は高い霊性と徳を持つ人々が行く場所で、
愛と調和が満ちています。
一方、地獄は低い霊性と悪徳に支配された人々が行く場所で、苦痛と混乱が存在します。
と教えます。
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出来る限り、愛(神の世界)に生きる事を決意しても、
人間、陰が全消しできるわけではなさそうですね。
一方、愛(愛とは身内を守ることではないのでお間違えの無いように)のかけらもなく、
他人をいじめたり、嫌がらせ、妬み、泥棒、人殺しの世界が居心地よい人は
やはり、そういう世界が大好きなんです。
彼らは、それが人間世界だと思っています。
結局、良い人も必要だし、悪い人も必要ってわけです。
それが地球ということですね。
だから、いつまでたっても平和はやってこないんでしょうかね?
さあ、あなたはどちらの世界の人ですか?