「過去に縛られる人、自由になる人」

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 記憶

記憶があなたを決めつけ、記憶が今のあなたを縛っています。家族、会社、友人、仕事、同僚、すべて「あなた」とは、あなたの記憶のことです。ではその記憶を書き換えたとき、あなたはどうなるのでしょう。もちろん別人となることでしょう。
**例えば、突然見知らぬ人があなたのもとを訪れて「実は」と言って、全く予期しなかったあなたの真実を打ち明けたとしましょう。「あなたは実は、大企業の御曹司で、18年前に事故で記憶を失ったのです」と。そしてそれが十分信じるに値するような証拠を見せられたら、あなたはきっとその話を受け取り、昨日とは違った人間になることでしょう。**
真実とは、あなたが信じたことに他なりません。あなたが別人になるのは、それほど簡単なことなのです。あなたが次の瞬間、自分が天才であることを信じられたら天才となるのです。天才という物理的特性がどこかにあって、それによって人が天才になるわけではありません。
打ち明け話をあなたが受け取らなかったら、その話はデタラメな話となりますが、あなたの内側にはひょっとして、という疑いの種は残されるかもしれません。
私は今、あなたに打ち明け話をしようとしています。それは、あなたは本当は、あなたの世界の創造主なのだということです。これまでの話で、ひょっとしてそうかもしれないと感じていらっしゃる方が相当に増えていると思いますが、これからもその証拠を出し続けていくつもりです。その証拠は無限にありますから。
**これから出し続けていく「あなたが創造主であるという証拠」の数々のうち、あなたがどの辺でそのことを事実として受け入れるか、それは単に時期の問題でしょう。それは今かもしれないし、明日かもしれないし、一万年後のことかもしれません。それがいつであってもあなたの完全な選択の問題です。**
**先ほどの打ち明け話の例と同様に、それは単に、あなたが受け取ったときに、あなたは認識上の別人、すべての創造主となるのです。決して努力した結果、その報いとして神になるわけではありません。もともと神であるあなたが神以外の何者にもなることなどできないのですから。**
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人は記憶を使い、現実空間を生きられるよう設計されています。オギャーと生まれ出た瞬間の状態が人としての記憶の初期状態です。何の認識もない完全ニュートラルな状態です。キリストは「幼子のようになれ」と言われたようですが、無垢であるニュートラルな状態の素晴らしさへと戻れということなのでしょう。この心の位置では、過去の記憶によって人の行動が制限を受けることがないからです。
無分別の状態、良いとか悪いとか、比較判断の基準を何も持っていない状態のことです。成長し認識が入り、分別がつくようになると、人は絶えず過去に引っ張られ、過去の認識から抜け出せません。
昨日のあなたの認識が、今日の行動を決定しているといってもよいでしょう。
**「彼は昨日あんなにイライラしていた」と思い出すと、「彼に出会わないで済む方法はないか」と逃避行動を考えるか、「何とか機嫌を取る方法はないだろうか」と相手を何とかしようとし始めます。**
記憶があなたの行動を引き起こしているわけですが、そんなことには全く気づいてもいません。自分の行動が今、記憶の奴隷と化しているとは考えていないのです。
**あなたが今誰かに怒鳴られたとします。「お前はどうしていつもそうなんだ」と。次の瞬間あなたはどんな行動を取るでしょう。**
そそくさと逃げ出すかもしれません。あるいは、自己弁護を始め、自分を守ろうとするかもしれません。自分の正しさを主張し、大反撃に出る人もいるでしょう。
でもこの3つの行動パターンはいずれにしても、一瞬前の過去の記憶に対する対処行動にすぎません。これらの行為は記憶からの自動ロボットであるといえるでしょう。人は普段、絶えず何かを記憶し、その記憶に対処するという行動パターンを取っています。
もし自分が今、過去の記憶からの対処行動を取っているということに気づいたとしたら、その次には違う選択を選ぶチャンスとなるでしょう。
あなたは対処行動を取り続けることも可能なわけですが、たとえあなたが相手の機嫌を回復させ、その場はおさまったとしても、それは単にマイナスが元に戻っただけであり、何のプラスも生み出せなかったということです。エネルギーの浪費です。
人はいつもいつも、人の機嫌を回復するとか、自分の信用を回復するとか、そんなマイナスを0に戻すという非生産的なことにのみエネルギーを消費し続けているわけです。プラスは生まれていないわけです。
**あなたは毎瞬どの瞬間も、源から宇宙のエネルギーグリッドを介して無限にエネルギーを受け続けています。そのエネルギーをどう使うか、すべてあなたの自由選択です。そしてあなたは人から怒鳴られた次の瞬間でさえ、あなたに注がれている無限の愛のエネルギーをそのまま変質させることなく相手に与え続けることもできるのです。**
こういう話をすると「いや私にはそんな聖人みたいなことはとてもできない」と、これまでの記憶のパターンを引っぱり出してきて自分を評価し判断を下してしまいますが、私の言っていることはそんなに難しいことではないのです。
単にそのことに気づいてさえいればいいのです。誰にでもできるとても簡単なことなのです。それはちょっとした練習ですぐに気づけるようになってきます。単にあなたは「これまではできなかった」という過去の記憶に条件反射しているにすぎないのですから、これまでできなかったという理由だけで簡単に片づけないでください。
**太陽はどの瞬間にも光を放ち続けています。たとえ今地上が雲で覆われていたとしてもです。太陽は地球に今、雲がかかっているか否か、判断をしていないのです。つまり光るのに条件がないということです。**
私たちも常にこうすることが可能です。相手の状態に条件をつけることなく、光を放ち続けることができるのです。相手の機嫌を判断する必要などないのです。たとえ怒りの言葉を聞いたとしても、その言葉をそう受け取る必要はどこにもありません。
怒鳴られたと意味をつけたとき、あなたは輝けなくなってしまいます。
「いやそうは言っても現実に次々と非難され続けている」という思いが出続けていると感じたら、無理をすることはありません。その場から可能な限り早急に離れてみることです。
大切にすべきことは、あなたが光り続けられるか否かです。そうできなくなりそうなら、その場を変えてしまうことです。自己弁護を始める前に、自己主張を始める前にです。
葛藤はあなたの内部にしか実在していないのですから…。他人を変えることに意味はありません。他人の説得には何の意味もありません。
その場を離れてしまったら、もう一瞬前のことは手放しましょう。「あの人が怒っている」というのは過去の認識にすぎません。
「でもきっとあの人はまだ怒り続けているに違いない」と、なかなか不安は去りませんが、自分のそんな感情の動きを出てくるにまかせ、コントロールすることなく、ただただ眺めていると、やがてそんなに時をおくことなく感情のエネルギーは静まってしまいます。
そうしたら可能な限り自分のハートのセンターに意識を向け、自分でそこに愛を贈ります。
**相手が今どう思っているかに意識を置くのではなく、相手がどういう状態でいるかに意識を置くのでもなく、自分が輝けることに意識の焦点を向け、今そこで光るのです。いつもあなたのすることはそれだけです。どんなときも光り続けることです。それだけがあなたの生きる目的なのですから。**
**記憶に条件づけられた自動ロボットからの離脱です。**
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