「神社参拝と厄年について」

「神社参拝と厄年について」

記事
コラム
毎月、1日と15日に自分が住んでいる神社
「氏神様」に参拝に行って、日頃のお礼と
感謝を伝えに行ってます。

この習慣を続けて、かれこれ4年ほど。
厳かな雰囲気が気持ちを引き締めてくれるように
感じ、毎月の恒例行事になってます。

もともと、宗教や神社に興味があった訳でなく
新年が明けたら初詣に行くくらいでした。

幼いころ母親が宗教に入り、訳もわからずに
読まされ続けた「教本」。 

何度か宗教団体を変えた母を見ていて、
幸せになっているようには感じられなかった。

僕自身、「宗教で幸せになれるなら皆やってるでしょ」
くらいしか思っていなかったからです。

信じている人を否定するわけではありませんが、
僕は神仏なるものを信じてはいなかったのです。

なぜなら、何の罪もない人がある日突然
不幸な目に遭い、命を落とすこともあれば
不幸な人生を歩まなくてはならない。

本当に、神や仏がいるのであれば
そんな理不尽なことを与えるのは何故?!と
思っていたからです。


「そんな僕が参拝している理由」

宗教や神社に興味もなかった僕ですが、
30代後半に人生に悩み、ある出会いの中で
自分の先祖について教えられたことがありました。

先祖がいるから今の自分がこの世で生を受け
生かされていると。

半信半疑ながらも、確かにそれは事実であり真実。
でも神や仏が実際にいるのか?!という
疑問は消えてはいませんでした。

教えられた時から先祖供養を大事にしている
お寺に入会し、今も月に1度だけですが
「回向」という形で先祖供養を続けています。

そうは言っても、心から信じているのかと
言われれば、そうでもない自分もいるのですが。

神社参拝は、僕が離婚問題で悩んでいた頃
「苦しいときの神頼み」からが本当です。

21日間、毎日神社へ行き神頼みを続けました。
「神様、どうぞお助けください」
「神様、僕を救ってください」

本当に苦しく、辛い毎日の中で
助けてほしい!と心から願っていました。

誰にも相談出来ない、自分の心の内を
神社に行って神様にお願いすることで
解決の糸口を見つけたかったのです。


普段、神様や仏様を信じてもいないのに
人間って勝手ですよね(;゚ロ゚)

そんな神社参拝を続けていくことで
いつしか行くのが習慣になりました。

神社内の空気感や清々とした感じ。
自分の弱い心が引き締まる感じがして
今では感謝を伝えに参拝させて頂いてます。

神様や仏様が本当にいるのかは、今でも
分からないのですが。

「厄年は人のために役立つ年」

神社へ行くと、男女の厄年についての
看板がありますよね。 前厄、本厄、後厄。

良く厄年は体調や悪いできごとが起こる年だと
思われていますよね。僕もそう思ってました。

でも、今現在続けている先祖供養をしている
お寺で「厄年は人のお役に立つ年」ということを
教えられました。 

えっ?!それは本当なのかと思ったのですが
なんとなく腑に落ち、そう思うことにしたのです。

自分以外の周りの人のために役立てる年。

一見、悪い年回りだと思う人が多いと思いますが
そう考えると悪くはないと。

気持ちの持ちようなのかもしれませんが、
僕は聞いた言葉を信じてみようと思ったのです。
「人のためにお役に立てる年」

特定の宗教団代を信じているわけでもなく、
もともと否定的な僕が今でも続けられているのは
ご先祖さまのおかげと思う気持ち。

神社参拝は、神様に守られていて
生かされているのかな?!と思うからです。

人がこの世に生をうけ、人生を全うするまで
たくさんの困難や苦難も味わうでしょうが
楽しかったこと、嬉しかったことも経験する。

努力が報われるとは限らないのですが、
努力しないと成長もしない。



「人生1度きり、楽しんだもの勝ち」

人がこの世を去る前に後悔することは
やらなったこと、挑戦しなかったことだと
聞いたことがあります。 

やらない理由や言い訳をして本当にやりたかったことを
やらずに終わってしまったこと。

あの時、挑戦すれば良かったと思うことのないように
一度きりの人生を楽しみながら、後悔しないように
生きていきたいものですね。

誰に遠慮することなく、自分の人生を
精一杯生きること。 もちろん楽しみながら。

そう思って、今も生きています。

では、今日のブログはこのへんで。
ありがとうございました!
タカ3@

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