「分かれ道の季節と、僕のまっすぐな悔しさ」
✨第1章・第10話 はじめに
——「4年2組になったことが、誇らしかったんです」
初めて陽樹さんにお会いしたとき
——もう40代に入られていた頃でしょうか。
物腰は静かで、どこか繊細な空気を纏っていらっしゃる方だな、
という印象を受けました。
そんな彼が、少年時代のことを語り始めたとき、
私は思わず引き込まれてしまったのです。
なぜなら、その記憶の粒立ちの細かさといったら…。
たとえば、小学4年生になってクラスが「2組」になったときの話。
その「2組」という響きが、いかに新鮮で、そして誇らしかったかを
——まるで昨日のことのように話されるのです。
こうした感情の記憶がはっきりと残っているというのは、
心理士としても非常に興味深く、
そして、ASD傾向を持つ方にしばしば見られる特徴でもあります。
本話では、
そんな陽樹さんが小学4年生の1学期から夏休みにかけて経験したこと、
出会った人たち、挑戦したこと、そして——
ちょっとだけ苦手だったことも含めて——
一つ一つひもといていこうと思います。
そして、今回からはこの成長物語シリーズが有料となります。
無料部分ではこの「はじめに」までをご覧いただき、
有料部分では以下の章立てで陽樹さんの貴重な記憶と、
そこに潜む繊細な心の動きに迫ってまいります。
[1]🧸【はじめに】~第1章・第9話をふり返りながら~
みなさん、こんにちは。
臨床心理士の篠原 光(しのはら ひかる)と申します。
これまで、「ASD青年の成長物語」をお読みくださった方々には、
あらためて感謝申し上げます。
今回から物語は、第1章・第10話へと進んでまいります。
ここからは有料記事となりますが、
その理由は、この章から、より深く、
より繊細な「心の成長」が描かれていくからです。
本章の語り手である私・篠原が、はじめて陽樹さんと出会ったのは、
彼が40代になってからのこと。
面接室の椅子に座ると、彼はぽつり、ぽつりと昔のことを語り出しました。
その記憶の鮮明さ、そして情緒の動きのひとつひとつに、
私は何度も驚かされました。
第9話までは、小学3年生の終わりから春休みにかけて、
彼が体験した小さな出来事が描かれていましたね。
彼の世界では、「いつもと違う」ことに対する緊張や、
他者との距離感に対する不安が、細やかに心を揺らしていました。
そして今回、第10話では、いよいよ小学4年生になった陽樹さんが、
新たなクラス、そして出会いを通じて、
どのように自分の感性と向き合っていったのか――。
それは、静かに、けれど確かに、
ひとつの「内なる葛藤」と「成長」が始まった季節でした。
では、彼の言葉を、記憶を、これから一緒にたどっていきましょう。
[2]🏫 「4年2組」になった日のこと
「クラス替えの日のこと、今でもはっきり覚えてるんです」
そう話す陽樹さんの目は、少し遠くを見ているようでした。
その年、春のはじまりとともに彼は小学4年生になり、
はじめての「クラス替え」を経験しました。
担任の先生が黒板にクラス分けの名簿を貼り出すと、
子どもたちは一斉に駆け寄って名前を探します。
そんな中、陽樹さんは少し離れたところで名簿を見つめていました。
「僕、4年2組だったんですよ。
あのときのこと、なんか……ざわざわした感じで」
その「ざわざわ」には、彼なりの理由がありました。
同じクラスに、これまで特別親しくしてきた友達がいなかったのです。
加えて、新しい教室の雰囲気や座席の配置、先生の声のトーン……
そういったすべてが、彼にとっては「見慣れないもの」の集まりでした。
「なんですかね、少し息苦しいというか。
心の中で、何かがまだ居場所を探してるって感じでした」
それでも彼は、表面上は静かに椅子に座り、
配られる教科書やプリントを淡々と受け取りながら、
そのざわざわとした心の音に耳を澄ませていたのです。
大人になった今の彼が言うには、
「当時は、クラスメイトとすぐ仲良くなるってことが、
なかなか想像できなかったですね。
誰かと目が合うのも、ちょっと緊張したし。
話しかけられたらちゃんと返事できるかなって、
そればっかり考えてました」
それは、決して人が嫌いということではありません。
ただ、「どう接していいのかわからない」という不安が、
静かに、しかし確かに、彼の心を包み込んでいたのです。
[3] 🎨 図工の時間に感じていたこと
「図工って、けっこう苦手だったんですよね……」
そう打ち明ける陽樹さんは、少し照れたように笑っていました。
図工というと、自由に手を動かし、色や形を楽しむ時間。
けれど、それが「苦手」だと感じる子どもにとっては、
なかなか気の抜けない時間でもあるのです。
「先生が『自由に描いていいよ』って言うと、逆に困っちゃって。
何を描けばいいか、全然思いつかなくて……」
──わかりますよ。
「自由にしていいよ」という言葉が、
むしろ重たくのしかかることってあるんです。
「決まっているほうが楽」だと感じる子も、決して少なくありません。
特に陽樹さんのように、頭の中ではたくさんの考えが浮かんでは消えていくような繊細な感性を持つ子どもにとって、
「正解のない課題」はとても難しい挑戦だったのではないでしょうか。
「色の組み合わせも、どれが正解かわからないし……
他の子がさっさと筆を動かしてるのを見ると、なんか焦っちゃって。
で、余計に手が止まるんです」
彼がその当時感じていたのは、「評価」への不安だけではありません。
周囲と自分とのスピード感の違い、
迷いながら作品を作ることへの戸惑い……
そういった小さな違和感の積み重ねが、
「図工=苦手」というイメージにつながっていったようです。
「完成した絵を提出するとき、毎回ちょっと恥ずかしくて。
自分でも『これでいいのかな?』って思いながら
出してた記憶があります」
それでも、図工がまったく嫌いだったわけではない、と彼は言います。
自分のペースで何かを作り上げること自体には、
少しずつ楽しさも感じていた。
ただ、それを「自信を持って表に出す」ことが、
当時はまだ難しかったのだと──。
「もし、あの頃の僕にひとこと言えるとしたら……
『ゆっくりでいいんだよ』って伝えてあげたいですね」
彼のその言葉に、私は心からうなずきました。
苦手という感覚の奥には、いつも理由があります。
それを責めたり矯正したりするのではなく、
そっと寄り添って理解していくこと。
それが、子ども時代の小さな「しんどさ」を、
大人になった今、やさしく解きほぐす鍵になるのだと感じました。
[4]👋【出会い①】新しい転校生と、なぜかすぐに打ち解けた理由
陽樹さんが小学4年生になった春、
また一人、新しい転校生がやってきました。
彼にとっては初対面の男の子。
その転校生も、この町で暮らすのは初めてのことでした。
きっかけは、お父様のお仕事の都合で、
九州からこちらに引っ越してきたからだそうです。
──でも、たとえ「はじめまして」だったとしても、
不思議なほど、どこか懐かしいような雰囲気を纏っている子でした。
*
背が高くて、声がよく通って、
勉強もできて、運動神経も抜群。
それに、何より話がうまくて、ユーモアがあった。
どこにいても自然に人を惹きつけてしまうような、
そんな存在感のある子だったそうですね。
…対する陽樹さんはというと、
自分から話しかけたり、
グループの中心に立ったりするタイプではなかったと、
後にご本人が静かに振り返ってくれました。
むしろ、自分とはまるで正反対のようなその子に対して、
不思議と心が引き寄せられる感覚があったのだと。
*
「初めて会った気がしなかったんです」──
これは、陽樹さんが私に語ってくれた言葉のひとつです。
どこか懐かしいという感覚は、
その子の性格や能力に惹かれたというよりも、
もっと根っこのほうにある、空気のような感覚だったのかもしれません。
もしかしたらそれは、陽樹さんが大人になった今でも、
うまく言葉にできない直感のようなものなのだと思います。
そしてその直感は、たしかに当たっていたのでしょう。
ふたりはすぐに打ち解け、小学校を卒業するまでのあいだ、
たくさんの時間を共に過ごすことになりました。
性格も特性も対照的。
けれどその違いこそが、
陽樹さんにとっては
心地よい距離感をつくってくれていたのかもしれませんね。
*
中学・高校と進学しても、同じ学校ではあったそうです。
でも、成長の過程のなかで、それぞれの道が少しずつ離れていき、
やがていつも一緒にいる存在ではなくなっていった。
けれど──
「小学校の思い出の中に、彼の姿はいつもあるんです」
そう語ってくれた陽樹さんの声には、
あたたかい記憶の余韻が、確かに宿っていました。
この先の物語で、そんなふたりの関係がどう育まれていったのか、
私も少しずつ、皆さんにご紹介していきたいと思っています。
[5]🧠【出会い②】転校生が学級委員になった日と「いじり」の境界
陽樹さんから4年生の頃のお話を伺っていて、
思わず微笑んでしまったエピソードのひとつに、
ある「学級委員選出事件」があります。
それは、1学期のはじめ、クラスにやってきた転校生が、
なんと、いきなり学級委員に選ばれてしまったという出来事です。
通常、学級委員というのは、
ある程度そのクラスに馴染んでいる子が務めるもの。
けれど、その彼――
背が高くて、よくしゃべり、ユーモアがあって、
頭も運動神経も良い――は、
転校してきたその学期に、クラスの中心的な存在になっていったようです。
陽樹さんいわく、
「頼りがいのある子だったから、選ばれても当然」
と当時は自然に受け入れていたそうですが、
後になってこんな笑い話をその転校生がしてくれたそうです。
「僕さあ、あのときよく考えたら、転校してきてすぐに学級委員にされるって、あれ、地味ないじめだったんじゃない?(笑)」
これにはクラス中が大笑い。
「確かにそうかも!」と陽樹さんも笑ってしまったと言います。
――このやりとり、ただの冗談のように思えるかもしれませんが、
実はとても大切なことが隠れているように思うのです。
それは、「冗談」や「ユーモア」と「いじり」との境界線について。
一見笑いを誘う言葉でも、それが本人の同意なしに使われたり、
立場を利用して繰り返されたりすると、それは「からかい」や「いじり」、
ときには「傷つける言葉」にもなりかねません。
けれど、この転校生の子は、自分が笑いの中心になることに前向きで、
それを楽しめる子でもあったようです。
彼の明るさと余裕があったからこそ、
そうした冗談がクラスの空気をやわらかくし、
みんなを笑顔にできたのかもしれませんね。
一方で、こうした場面に戸惑いや居心地の悪さを覚える子もいるものです。
特に、言葉の裏の意味や、
場の空気を読み取るのが難しいと感じる子にとっては、
「冗談」は時に混乱を招くものでもあります。
陽樹さんは、そうした違いに早くから気づいていたように感じます。
彼は誰よりも距離感に敏感で、
相手の温度や空気の変化を静かに受け止めていた――
そんな子どもだったのではないかと、私は思っています。
そしてこの出来事もまた、
陽樹さんの心に残る「学び」のひとつとなっていたのではないでしょうか。
笑えるエピソードの中に、ふと見え隠れする感受性。
それこそが、彼の物語を支えている大切な輪郭の一部なのだと、
私は感じています。
[6]🏃♂️【走る理由①】陸上大会に「選ばれてしまった」という違和感
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