怒りの原型は悲しみについて

怒りの原型は悲しみについて

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コラム
こんにちは、なみつるるです。

今日話すのは「悲しいから怒ってる」です

誰しも抱く感情、怒りと悲しみです
一見真逆に見えるこの二つですが今日は私なりの解釈を言語化していきたいと思います

まず「怒り」とはどこから来るのか

「理不尽」「屈辱」「悔しさ」「恨み」などなど色々とあげれると思います

それを1個の感情や出来事に処理せず中身を見てみたら
例えば前述した「理不尽」、お店で料理を注文したとしましょう自分より後に注文した人がどんどん運ばれるそれが気になり店員に聞いたら逆ギレされた、誰でも怒ります

そこでは実際に「理不尽」の中身に何が起きたのでしょうか
「自身を蔑ろにされた」と私は考えます

ある程度の前後はあれどそれを越した料理の提供、それを聞いただけで怒られる、こっちは疑念を訴えた側なのにまともな対応もなく感情的に扱われた

もしこれが大切な人に受けた仕打ちなら…って考えてみてください、培った絆で信頼もしている相手です
見ず知らずの店員より受け取り方は変わりると思います、当たり前ですね

ではもし怒るとしたら、なぜ?
店員さんはその不誠実な行い、人として無礼な態度、なにより人間として正当な怒りを抱きます
大切な人にも最低限のそんな怒りがわいてくるでしょう。

でも怒りより先に出てくる違う感情それが「悲しみ」と考えます
でも出てくる「場所」が違う、後に解説します

悲しみとは

逆に悲しみについて考えてみましょう
「喪失感」「すれ違い」「伝わらない」「手が届かない」これも怒り同様色々とあげれると思います

でも悲しみの例えをだろうとすると感情や気持ちではなく物事が主に出てくるんですよね
これは私の力不足とも言えますが…そうとも言いきれないと思うんです

悲しみ、という感情を言葉にしようとすると悲しみの後に起こる感情になってしまうんです。
「悲しいから辛い」
など悲しいが原点になってその悲しい原因を怒りみたく表せないんです

悲しみって感情の奥にある物事なんじゃないかなって思うんです、付け加えると「負の感情」の原本じゃないかなって
要するに怒りはその延長線にある感情、私はそう解釈します

怒りと悲しみ

そして先程の従業員と大切な人の話です
もしこの解釈なら見知らぬ他人に対して知らず知らずのうちに涙を流してることになります

そうではなくて「どれに対して泣いてるのか」もっと言えば「自分or他の人に対して泣いてるのか否か」というのが先程の「場所」の話です

根本的な話なぜ人は理不尽を受けたら怒るのでしょう、割に合わないから?下に見られてると感じるから?ではそうした理由だったら何が起きて思うだけにとどまらず感情に発達するのでしょうか

「攻撃された、やられっぱなしではくたばる、だから反撃しなければ」
そういった考えから生まれたのが「怒り」ではないのかなと

でも、だからこそ悲しいんじゃないかって

痛かったら泣いちゃいますよね、論理的な理由はありません。ただどうしても痛みが苦しくて涙がこぼれる
痛みと涙がセットなんて言われたら身も蓋もないですが、それでもすれ違いや喪失感から引き出された胸の苦しみは本物のはずです

悲しみがもし合理的なものだったら、この世に道徳なんてありませんから
なので私はその悲しみを美化したくはない。
要すると、「理由はなんであれ痛くなって沸き出た感情は自分に必要なもの」という話でした。
これは一人言なんですが悲しくないフリをするのが一番痛々しく感じますしね

締めくくり

いかがだったでしょうか、ブログ書いてて個人的に結構うまく言語化できたと思っております

もし何かの参考になれたら幸いです
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