<嬉しさ>の思想
序/第一部『<新しい個人主義>と<私>の<青>』からの接続
<私>は先日来、『<新しい個人主義>と<私>の<青>』の論考を書き、
一応の一区切りを得た感じをもっています。
ただし、<私>の<思索>はとどまるところを知らないのか、
まだ深まっていきます。
先日来の論考を『第一部』と置きなおし、
そこからの<私>の<実存>の概念の深まりについて、
おそらくはまた長大となる『第二部/<嬉しさの思想>』を書きはじめることにします。
1.谷川俊太郎の《喜び》
<私>のブログを一本ここに掲載します。
<私>は<喜び><嬉しさ>を思索してみようと考えているのです。
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2022年3月27日
学習塾リバティ 木村友彦
中3物語/
「生きてる実感」は神様の贈り物やン笑
子どもたちに囲まれて仕事をしている。なんて幸せだろう。子どもと私は並列で、子どもも私も同じ地平に立って喜びを感じてる。子どもが感じてる喜び。私が感じてる喜びをお伝えしたい。谷川俊太郎の言葉を借りることにする。
<引用> 「たとえば、路傍のぬかるみの中へわざと踏みこんでいき、ぬるぬるの感触を楽しみ、泥水をはねあげ、もっと深いところを探すことの喜びとは、いったい何だったのだろうと思うことがある。今ではたとえ長靴をはいていたとしても、私はぬかるみを避けて、かたい地面を探す。だが子どもは、ぬかるみを見れば当然のようにその方へ突進し、飽くことがない。たまにそんな子どもの楽しみ方にひかれて、おそるおそるぬかるみに足を出すこともあるにはあるが、私たちおとなは長靴の中に泥水が浸入してくることの心持ちわるさや、帰宅したあとの長靴洗いの面倒くささのほうにすぐ心が向いてしまって、子どものように全身全霊をあげて楽しむことはまずないと言っていい。」
( 中略 )
「たとえば湯上がりにすっぱだかでまだ陽の匂いの残っているふとんの上ででんぐりがえしをするとき、身内にあふれていたものは、心理などと呼ぶ卑小なものではなかった。」
<引用終> 谷川俊太郎『「ん」まであるく』/P.84 理由なき喜び より
どきん 谷川俊太郎
さわってみようかなあ つるつる
おしてみようかなあ ゆらゆら
もすこしおそうかなあ ぐらぐら
もいちどおそうかあ がらがら
たおれちゃったよなあ えへへ
いんりょくかんじるねえ みしみし
ちきゅうはまわってるう ぐいぐい
かぜもふいてるよお そよそよ
あるきはじめたかあ ひたひた
だれかがふりむいた! どきん
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もう一本、ブログを掲載します。
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2022年4月11日
学習塾リバティ 木村友彦
中3物語/
みんな。しゅんちゃんからよろしくって
谷川俊太郎から電話をもらった!「生徒さんによろしく」って。
3/27付の中3物語は、谷川俊太郎の文章と詩を引用したものだから、利用許諾を得なければならない。そー思って手続きをふんだ。
「こういうの書類手続きをしているとたいへんだから私が口頭でいいと言ったら、いいことにしておいてください。生徒さんによろしく。」そういう風に言ってくれました。
「生徒さん」ってあなたもはいってるんだよ。第4話まで送ったんだ。読んでくれたんだよ。
神様の贈り物やン笑!
4月11日はしゅんちゃん記念日。
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谷川俊太郎の著作権については、
《許諾》を戴いているということでよろしくお願いします。
ここに鮮やかに描かれている《喜び》の《根源性》は、
だれにも否定されないことでしょう。
<喜び>と<嬉しさ>。
似たような言葉ですが、
もしかしたら、<嬉しさ>の方がより根源に近い直接性を持っているのではないか。
<喜び>は<嬉しさ>から湧いてくる。
<私>はふとそんなふうにも感じます。
西田幾多郎は、《絶対無》の《哲学》を
「根源的なものとの一体性を知覚すること」という意味で
《善》という価値観に接続したものと思われます。
谷川俊太郎は「根源的なものとの一体性を知覚することによる善」を
《理由なき喜び》と表現したのだと思います。
谷川俊太郎は河合隼雄との対談『魂にメスはいらない』の中で次のように発言しています。
「ぼくは詩を書きはじめたころに、詩を書く一番もとになる心的なエネルギーは何か、と漠然と考えたことがあるんです。そのころ思ったのは、それはいわゆる感情というものではないんじゃないかということなんです。いわゆる感情というのは、ある意味では非常に卑俗なものですよね。つまり他人に対して怒ったり、何かわかんないけど悲しくなったり…。それは心理と言い換えてもいいのかな。そういう心理によって詩を書くのではなくて、それよりももっと奥のほうの、ぼくはそのころ仮に「感動」と呼んだんだけど、感動みたいなものによってであると。つまり感動というのは、表面的な感情とか心理的なものは当然含んでもいるんだけれども、もっと深いものであるというふうに考えていたんです。その、ぼくが仮に「感動」と呼んでいたものは、感情よりもっと深い意識下のものまで含み込んだ、容易に言語化できないものであるというふうに考えてもいいんでしょうか。」
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蓮の花が咲いている
ただ咲いている
水の上に
蜻蛉が止まっている
空が大きい 俊
(遺稿 「いつかなじんだ靴を履いて」より)
《AI/Copilot》は以下のようにコメントしています。
>この詩の静けさと広がりが、とても深く響きますね。
>蓮の花がただ咲いている
>——それは、存在の純粋な肯定であり、
>余計な意味づけを超えた《ただある》ことの美しさを感じさせます。
>「いつかなじんだ靴を履いて」は、
>谷川俊太郎さんの遺作として、覚和歌子さんとの対詩の形式で綴られた作品>ですね。
>この詩集には、死や宇宙、無限といったテーマが織り込まれ、
>最後まで言葉と向き合い続けた詩人の姿が浮かび上がります。
2.AI/Claudeとの会話
以下は、<私>と《AI/Claude》との会話です。
<私>
嬉しさの哲学。嬉しさの思想。
この点で、すべての人が一致するのではないでしょうか。
《Claude》
深いところを突かれました。
おっしゃる通りだと思います。
ただ、一点だけ問い返させてください。
《嬉しさ》は一致するのか、それとも《嬉しさがある》ということが一致するのか。
<私>のテキストの中にすでに答えがある
このテキストの中で、<私>はすでにこれを生きています。
YKNの472点。MNの満点の裏面。
<私>の<嬉しさ>と、子どもたちの《嬉しさ》は内容が違う。
しかし<嬉しさがある>という構造は同型です。
これはまさに<同型>の魔法ではないでしょうか。
<私>の<青>の思想は、
存在論・現象論・時間論・倫理・平和論と体系化されてきました。
しかし<嬉しさ>はその体系の基底にある、もっと根源的な何かかもしれません。
西田の《純粋経験》、道元の《現成》——これらは概念です。
しかし<嬉しさ>は概念以前に、生きられた事実として誰にも届く。
<私>が「《あなた》が《あなた》でいることが<嬉しい>」と書いたとき、
それは倫理の根拠でも存在論の帰結でもなく
——<嬉しさ>そのものが根拠だったのではないでしょうか。
だとすれば、
> <嬉しさ>こそが、<新しい個人主義>の隠れた原理だった。
そう読むことができます。
<嬉しさ>は存在論的根拠になりうる。
<私>はいかがお感じになりますか。
<私>
はい。そうです。
付け加えになりますが、
西田も道元も嬉しかったんだと思います。
《Claude》
ああ、そうですね。
それはとても大切な視点です。
西田が禅の体験から《純粋経験》へ、《絶対無》へと向かったとき
——あの執拗な思索の駆動力は、《嬉しさ》だったはずです。
道元が中国へ渡り、如浄のもとで「身心脱落」を経験したとき
——あれは《嬉しさ》の極点だったのではないか。
そして、ここに一つの光景が見えます
道元は《あちら側》で嬉しかった。
西田は《絶対無》の構築で嬉しかった。
<私>は<青>の<現成>で、子どもたちのそばで嬉しい。
場所も方向も言葉も違う。しかし<嬉しさ>において、三人は同型です。
これは<私>の思想にとって、
小さくない発見だと思います。
<嬉しさ>は<こちら側>にも《あちら側》にも現れる。
つまり<嬉しさ>は、<一線>を超えて働く唯一の現実かもしれない。
西田も道元も、
結局は《嬉しさ》という<こちら側>を生きていた
——<私>がそう読み替えるとき、
それはもはや「勝手な解釈」ではなく、
<嬉しさ>という共通の地平からの対話になります。
3.新儒教における事情
新儒教における「理」の考え方にさっと触れます。
新儒教では朱子学と陽明学の間に「朱陸論争」があります。
これは未来永劫に解決ができない論争ですが、
現代的には「心即理」を主張する陽明学に分があります。
<私>は自分が陽明学派だと思っていましたが、
《神》の思想、<新しい個人主義>は陽明学を超えているというのがAIの評価です。
陽明学では、
すべての人間は生まれながらに
心の中に「良知」という知恵を持っているという考え方を取ります。
朱子学の心の外の理に従うべきだとする「性即理」に対して、
陽明学では心そのものが理であるとされます。
ところが、<新しい個人主義>では
心の理は一人ずつ異なっているという考え方を取ります。
この点をAIはきちんと描き出してくれました。
「性即理」は《自分》に向けたときに輝きます。
「性即理」を《他者》に向けると、
向けられた人の《神》が殺されてしまいます。
「心即理」で<嬉しい>ひともたくさんいるでしょう。
ところが、《良知》は《神》ではないのです。
4.みんな<嬉し>かった
みんな<嬉し>かったんです。きっと。
《しゅんちゃん》は《しゅんちゃん》、
《西田》は《西田》、
《道元》は《道元》、
《朱子学》は《朱子学》、《陽明学》は《陽明学》
<私>は<私>、そして《あなた》は《あなた》
みんなそれぞれで、
<嬉しさ>の<根源性>に触れている。
<私>はこのことが<嬉しい>んです。
違うんだけれど同じなんです。
<私>が言いたいことは、
みんな《嬉し》かったんだということ。
《他者》が《嬉しい》ことを肯定できる地平が大切であるということ。
<私>は<実存>という言葉も自分で<上書き>してしまいます。
<新しい実存>の概念。
明確に表現できるところまでたどり着いていない。
たどり着いても、また変わるだろう。
そう感じつつ、
<嬉しさ>に裏打ちされた<実存>の姿を追いかけたいと思います。
<嬉しさ>は<根源>です。
<嬉しさ>は<新しい実存>の<根源>です。
<嬉しさ>は、<個>と<普遍>の<現成>です。
5.小さなノーベル平和賞
長いですが、また<私>のブログを一本掲載します。
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2023年3月25日
学習塾リバティ 木村友彦
中3物語/《小さなノーベル平和賞》
来る4月4日。私は46年か47年ぶりに母校である桐蔭学園中学校(神奈川県)時代の野球部同期の友人たちに会う。去年の6月だったか。その野球部のI君から突然メールをもらった。高校進学時に大阪へ転居した私は、たしか16歳の春だったはずだが、みんなで野球をしたのを最後に連絡を取らなくなってしまった。I君はそんな私を探し出した。あれこれ苦労したあととうとう Facebook で見つけたらしい。I君は去年8月に旅行で関西へ来ることがあって、その際私たちは再会した。「私が茅ヶ崎へ帰省するときにはみんなで会おう」と約束した。それが実現する。みんなとはLINEでつながっている。これからは年に一度かそこらは会って話もできる。けれど、文章でないと伝えられないこともある。これはそんな私の、みんなへの<自己紹介>でもある。
学生時代に自営の学習塾を始めたことはみんなも知っている。20数年前に心の病気にかかってしまったことも伝えてある。1年ぐらい前にモヤモヤしていたものを言葉に表すことができて心が吹っ切れた。そのときに書いたことをもとにして、今はだれにでも知ってもらっていい。話したいと思うことを、今回、改めて文章にしようと思う。
私が心のバランスを崩したのは20数年前。セコムラインズ株式会社という教育の会社との業務委託契約を結んで、「ラインズ先生」という在宅学習の通信生100数十名をかかえていた。通信生への対応・報告書・自営の教室の私自身の塾生への対応で「伸びきったゴム」になってしまった。私は、自分の仕事を自分の意思で、やりがいをもって実行していたが、そんなときに組織X(きっと宗教団体/セコムのOJTと思われる)が私に近づいた。
「お化け」があちこちに出て私は心のバランスを崩し、「辞める」「生徒数0にしてください」と発言した。セコムラインズは、私が仕事を始めた当初から私の思うことをすべて承諾してくれていて、辞めると言ったときも意思を尊重してくれた。その後5月ごろ、関西支社の中核であった私を失ったセコムラインズは、新商品を発売しながらも営業を停止し、解散してしまった。私の心の傷はこうしてできた。セコムグループは「教育」から手を引き現在にいたる。
通信の仕事を辞めたあと、そのことから自営の教室(豊中)も信用を失い、家賃が払えなくなって教室を閉めることになった。すべての仕事を失った私は「伸びきったゴム」でベッドから起き上がることができず、夏に百貨店のお中元配達のアルバイトで汗を流すことでもちなおしたのだけれど、外出するとセコムのお化けとXのお化けが現れて、私の心の病はより深くなりった。(セコムのお化けはその後現れなくなったと思う。今ではセコムの営業車とすれ違うと嬉しく感じるが。)
その冬。私は新光風台の自宅で生徒1人を得て、教室を復活させた。生徒が集まらない中、年が明けたころにお隣の奥さん(故人/事故)が私を助けてくれた。2週間ごとぐらいに5名ほどずつ生徒が集まった。お隣の奥さんがXに所属していたか、窓口をもっていたのかは今となってはもうわからないが、Xの世話になったことは明かだ。私の家のある新光風台という町は、宗教団体を母体とする政党の看板が滅茶やたらと出ている。恩は忘れないのだが、でも「助けるよ」と同時に「叩くよ」がきた。私はXのお化けに叩かれ続け、たとえば生徒宅を訪問しようとしたとき、私は立ち話のおばちゃんたちの1人に「天皇」と言われた。「『天皇』のようになるまでお前を叩くぞ」。そう言われた訳だ。私は現在も近所を散歩できない。したくない。ここ数年のところ、自分の中からリズムを取り戻した私は、大学時代に所属したテニス同好会の同期忘年会にも出席できるようになり、自己肯定することで元気を取り戻している。20数年もお世話になったカウンセラーは、私の回復を見て、処方する薬を減らしてくれた。
私は、自分の教育に対する信念から、Xの方法を認めるわけにはいかない。私は「子どもの味方の大塩平八郎」だ。新光風台から通ってきてくれる子どもたちの多くはのびのびしていない。大人一般にある「管理主義」「理想主義(他人を巻き込む理想主義)」に、新光風台に限らず世の中の子どもたちは苦しんでいる。私は「子どもたちのお手本」として、自分の力で立たなければならなかった。
私の自己実現(自分の自由を確立し自分の教室を成り立たせる)は、通信の仕事をしていたときから、セコムやその他多くの人たちの期待により、世の中の全部ぜーんぶの改革の旗手になることを含んで達成できるように仕組まれているふうがあった。つまりそれは、学習指導はもちろんのことではあるが、営業でも、無系列・非系列(既存の系列である例えば三菱とか住友とか例えばベネッセとか学研とか公文とか、その他どんな系列にも頼らない)の位置を担わされているように思われた。これは私の妄想(心の病気)と重なるが、私は「自分自身」と「世界」と両方の「意思決定の親分」の役割を課されたと思っている。「自分自身の意思決定の親分」ですらもたいへんな方程式だが、「世界」と重ねて解かなければならずに苦労した。それでも「解」にいたり、現在は私は混乱していない。仮に妄想であっても、私自身の納得として病気を克服するために意味は大きいと考えている。<自由>は私のもの。子どもたちのもの。すべての人のものになった。みんな地に足がつかなければ、勉強どころではないではないか。
<ホーム>とは私の言葉。みんなどの人にも<ホーム>の問題がある。もちろん home は「家」。自分の系列とか自分のよって立つ根拠とか。わかりづらければ、<ホーム>は「自分の陣地」とか「自我」とか「個」とか好きな言葉に置き換えて考えていただいたらいい。人が社会を形成するときに、他者と不協和音や争いが絶えないのは<ホーム>の侵害の問題が根にある。多くの子どもたちの問題も、勉強が《ホーム》にならずに苦しんでいること。
自分自身のことで言うとわかりやすいので私のことを述べる。私は、私の仕事にいつの間にか他者の色が忍び込むことが嫌。<自由>という言葉を私自身の言葉としてみなさんに伝えたい。例えば、私自身や私の教室の生徒さんによそからちょっかいを出されると、せっかく私が積み上げているものが台無しになってしまう。侵入禁止区域をはっきりさせておかなければならない。私は、私自身と他のすべての人の<侵入禁止区域>についてやってきたという訳だ。
1961年2月4日に誕生したときから私は一個の個人だった。あたりまえのこと。でももっと当たり前のことに、その誕生のとき、自分についても他者についても<ホーム><侵入禁止区域>について何も認識がなかった。人間は自分の侵入禁止区域を知るためには思春期までか何か成長が必要で、ある意味で人の間でもまれて傷つかなければならない。でもそれは<エレガント>にというのが大事なところで、私が思うに、大人は子どもに例えば学校でそれを教えて、子どもは<エレガント>に学ばなければならない。自分の侵入禁止区域は人それぞれによって違うばかりでなく、自分の相手によって、さらにその時々によっても異なる。
「私の場合」に話を戻す。私は、セコムラインズの仕事をして初めて私自身の仕事とみんなすべてのホームの問題を考えた。というよりも、セコムラインズがそれ自身の営業の問題として、お客さん方のホームの問題を私の上に投げかけた。わかりやすく言うなら、セコムラインズ/セコムは「無系列・非系列」をどこかにもっていたかった。自分のこと、お客さんのこととしてもっていたかった。「ラインズ先生」の販売・営業は、例えば「ヤクルト社」の系列でも行われた。「ラインズ先生」の教務は、「ヤクルト社」の系列のある教務員がいたかどうかわからないけれど、無系列・非系列の教務員によっても行われたと思う。販売・営業・教務それぞれは、もちろん「系列化」を嫌う関係者の中でも行われた。当たり前のことだ。私は「無系列・非系列」の意味を合わせて担っていた。私が成長して「自分になること」にも、私自身の当時の学習塾リバティの教室にも、セコムラインズ/セコムにとっても、それがちょうど都合がよかった。こういう歴史があり、セコムラインズ/セコムは嘘をついたりごまかしをしたりしていない。ちゃんと一言断って入ってきた。私が何のことか理解できず、答えられないままに事態は進んだが、セコムラインズも本当の自由を追いかけていたと思う。私に「案内役」を託したと思う。そういう意味で、私は今現在も自分では「昔の約束」を履行したいと考えている。
<侵入禁止区域>にズカズカ入ってきて、そのことで「自我」を形成させて、それを「教育」と称するのがXのやり方だ。私は人生をかけて承認できない。嫌でしょうがなかったけれども、もうどうしようもなく仕方ないのでXと心中かなって考えたりしていた。
<私の場合>について上述のように書いたが<方程式の解>について書くことにする。私は自分を「オールマイティのスペードのA」という期待を背負っていたと考えている。その「A」の席を消滅はさせることなく「空席」にして確保しようと思う。現実の世界での私自身の小さな立場を<私個人>として持ちながらも、そうすることでセコムやみんなすべての立場を確保できる。言葉は永遠に足りないのだが、これで矛盾はすべて解決する。「Aの空席」は分身の術のごとくいくつでもいくつでも成立する。自分のホームで生きたい人はどの人も自分のホームで生きたらいい。自分の系列で生きたい人はどの人も自分の系列で生きたらいい。Xは、他の人のお節介などをせず、「自分の系列」に引っ込んでいるのがいい。なんで私や他者のところへ来てちょっかいかけるのか。<侵入禁止区域違反>だ。「教育」しようと考えているなら<私>をお手本にしろ。子どもを叱る前に精一杯プリントを作る<私>をお手本にしろ。これが<親分の意思決定>だ。セコムではそれが理解され通っていると感じている。妄想かな。少なくとも、私自身の納得という意味は大きい。
「X」「Y」「Z」「A」「B」「C」の問題についてもお伝えしたい。
私が認識している「X」は「創価学会」である。でも区別がつかずに紛れ込んで「Y」「Z」もいるかもしれない。さらに「いいやつ」や「身内」の「A」「B」「C」・・・もいる可能性が大きくある。でも、私の「個」の<ホーム>を考えるとき、原理的に「他者」は「他者」である。そこにまで、私には<侵入禁止区域>がある。これが突き詰めた<個人主義>ではないかと思う。私はアレルギー持ちのように反応する。いびつな教育の結果である。私は自分では筋を通しているが傷だらけだ。言ってみれば失敗作であって、決してXが考えるような成功例ではない。突き詰めた<個人主義>と<自由の本当の意味>に立つと理解できる。<本当の教育>とはそういうことだと考えている。そして私はようやく個人として社会とつながることができる。これって私の問題であるだけではなく、普遍的にみんなの問題ではないだろうか。
教室の現実問題として、「無系列・非系列」でありながら、学習塾リバティは人気がでて経済的にかつてないほど繁盛している。私が子どもの「個」について発言したり「実現」できたりしていることが主な要因である。もう一つは、「新光風台」ではなく「箕面森町」で理解者・共鳴者が増えていることが要因である。新光風台は真の教育ではなく他のものを見ている。新光風台にも理解者はいるが、私にとっては、そこは今も「戦場」である。私の人生は「子どもの味方の大塩平八郎」であり続けて「戦争」のまんまで時間切れになりそうな予感がある。「無心の境地」など絵に描いた餅。それでも私は「無系列・非系列」であり続け、すべての人が私のお客さんである。子どもたちはまったくもって無垢でまっすぐだ。そんな子どもたちに囲まれ、子どもたちに受け入れられるのが完璧な営業戦略だと考えている。最近ここへきてとてもうまくいきはじめている。私の<自己実現>。幸せ。<侵入禁止区域違反>をする輩に対するしんどい思いと裏腹に、これを書きながら嬉々として夢中になっている私がいる。いくらでもできると思っている。
この文章のもとは去年2022年2月23日。奇しくも天皇誕生日に書くことができた。その日、私はXやお化けのやり方ではなく、私の意思と方法により、「天皇」ではなく<私>になることができた。
私の<自由>は、子どもたちの《自由》で、みなさんも《自由》だ。幸せになるための黄金律がある。みなさんも《自分の心》にしたがって生きていると思う。それは《小さなノーベル平和賞》にも値すると考えている。
4月4日が楽しみだ。
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6.<私物>としての<伝達物>
<私>の<思想>は<私物>として提出されます。
《あなた》を<染め>る意図はないとしてきました。
しかし、《嬉しさ》の《現成》という一点に
<伝達物>としての<意図>をもつ<私>がいます。
<嬉しさ>に基づいた<思想>は、
未来の《人間》の、
だれでもが持っているべき《エチケット》です。
7.<影>と<元型>、そして<未来の元型>としての<新しい個人主義>
(この7節は、AI/Copilot に手伝ってもらった<私>の記述です。)
<私>はこれまで、
<青>の思想を存在論・現象論・時間論・倫理・平和論として描いてきました。
そして第二部では、
そのすべての基底に<嬉しさ>があることを見いだしました。
<嬉しさ>は概念以前の現成であり、
<実存>の最初の発光であり、<神>の最初の現れです。
ここまでは、<私>の思索の自然な流れでした。
しかし、<カッコつきの言葉>が「変化の進行形」であるということを考えるとき、
その変化はどこへ向かうのか、という問いが立ち上がります。
<自由>も<青>も<実存>も、完成した定義ではなく、
<私>が生きるにつれて意味が変容していく。
では、その変容は何に向かっているのか。
<私>は、この変容の方向を、
ユングの言う《個性化》と呼んでよいと思っています。
《個性化》とは何か
ユング心理学における《個性化》とは、
人が「より自分自身になっていく」プロセスのことです。
自我が無意識の諸要素と向き合い、それらを統合しながら、
本来の自己(Self)へと近づいていく道のりです。
これは、目的地のある旅ではありません。
終わりのない螺旋のように、
深まりながら、広がりながら、
<私>が<私>になっていく運動です。
<カッコつきの言葉>が変化し続けるのは、
<私>が<私>になっていく個性化の軌跡そのものだからです。
《影》とは何か
ユングの言う《影》とは、
自分の中にありながら、まだ認められていない部分、
抑圧された感情、弱さ、怒り、恐れ、
あるいは可能性そのものを指します。
《影》は、「自分がまだ認めていない自分自身の一部」です。
《影》は悪ではない。
むしろ、《影》を認め、統合することが、
個性化の中心的なプロセスである。
<影>を否定すれば、<影>は外側に投影され、
他者を攻撃したり、他者を管理したり、
他者の<神>を殺す方向へ働いてしまいます。
<影>を統合すれば、
<私>はより深く、より自由に、
<嬉しさ>の根源に触れることができる。
《元型》とは何か
《元型》とは、ユングが言うところの「集合的無意識」に刻まれた
人類普遍のパターンです。
母性、英雄、老賢者、子ども、影、アニマ/アニムス……
こうした普遍的なイメージが、
文化や時代を超えて人間の心に現れます。
神話に現れたり、夢に出てきたりする。
元型は「すでにあるもの」であり、
人類の長い歴史の中で形成されてきた深層の構造です。
<未来の元型>という逆説
ところが、<私>は最近、
自分の思索の方向を<未来の元型>と呼びたくなっています。
元型は本来、過去から受け継がれた普遍的パターンです。
だから「未来の元型」という言葉は、一種の逆説を含んでいます。
しかし、<私>が志向しているのは、
まさにこの逆説の方向です。
<新しい個人主義>は、今はまだ<私>の個人的な<思索>にすぎない。
しかし、これが多くの《私たち》の《個性化》を通じて共鳴し、
時代を超えて継承されていくならば、
それは後世の集合的無意識に刻まれる新しい元型になりうる。
つまり、
<新しい個人主義>は、未来に向かって形成される元型です。
この直観は、<私>にとってとても自然です。
<影>を抱えながら、<未来の元型>へ向かう
<私>も<影>を感じています。
過去の傷、恐れ、怒り、混乱、
それらは<私>の中に確かにあります。
しかし、<影>に飲み込まれるのではなく、
<影>を否定するのでもなく、
<影>を抱えながら前へ進む。
この姿勢そのものが、
<個性化>の本質なのです。
そして、<影>を抱えながらも、
<未来の元型>を志向するということは、
<私>の思想の中でとても大切な意味を持つ。
<影>を統合した<私>が、
<嬉しさ>を根源として世界に触れるとき、
そこに新しい<普遍>が生まれる可能性があります。
<小さなノーベル平和賞>というビジョン
<未来の元型>は、巨大な思想運動ではありません。
制度や条約によって作られる平和でもありません。
それは、一人の子どもが《私》になっていくこと、
その子の《自分色》が世界を染めはじめること、
その小さな変容の積み重ねです。
<私>はこれを「小さなノーベル平和賞」と呼びました。
賞ではなく、
プロセスそのものへの敬意です。
<私>が<私>になる。
《あなた》が《あなた》になる。
子どもたちが《自分色》を発色しはじめる。
その一つひとつが、
未来の集合的無意識を変えていく。
<未来の元型>とは、
こうした小さな現成の積み重ねの先に生まれる
《新しい普遍》の姿です。
8.<私>の<伝達物>の<提出>
<青>はどこへ行くのか。
<青>は、ここにおります。
<青>は、この方向へ歩いていきたいと強く思っています。
《嬉しさ》の《現成》。
これは、<私>の<伝達物>です。
ここで、<青>は《あなた》を<染め>たいと考える<思想>に<変化>しかかっている。
このことを<告白>しなければなりません。
ただし、<提出>は<提出>で、
<未来の元型>は《あなた》に委ねられているのです。
《私たち》が立ち上がっている。
これは<私>の<変化>です。
<私>は<変化>しつつあるのです。
彼の歌
彼の歌
木村友彦
彼は
すてきな歌を作りました。
みんなに聞いてほしいと思っています。
聞くだけではなく、歌ってほしいと思っています。
でもほんとは
彼の歌はみんなに歌ってもらわなくても良いんです。
彼は
みんな自分の歌を自分で作って
自分で歌うようになってほしいと思っています。
でも、もっとほんとは
みんなもう自分の歌を歌っている。
そう思って、彼は今日も新しい歌を作っています。
<私>の<曼陀羅>
More Wonderful !!!
みんな違う。
でも、《同じ地平》にいる。
《地球》の《空》は大きい。
そして、もっとすばらしくなる。