私は<自分独自>のものが好きだ。
でも、それは必ずしも新規のものという訳でもない。古いものも好きだ。ただし、古いものも<独自>に再解釈したい。
「本歌取り」という詩歌の手法があるのを聞いたことがおありだろう。日本の文芸の伝統美である。古に倣うことで美を求める心は日本に限ったことではないが「本歌取り」は美しい。
西行
願わくは花の下にて春死なむ その如月の望月のころ
芭蕉
願はくは花の下にてわれ死なむそのきさらぎのもちづきのころ
蕪村
さくら花散りぬる風のながむれば花の上なる月ぞ住みかは
子規
願はくは花のもとにて春死なんそのきさらぎの満月の頃
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AIによると、
本歌取り(ほんかどり)は、日本の伝統的な詩歌の手法であり、特定の有名な和歌(本歌)を元にして、新しい和歌を作ることを指します。具体的には、本歌の一部や全体のテーマ、表現、構成などを取り入れつつ、新たな視点や感性を加えて詠む方法です。
この手法は、以下のような特徴があります:
敬意と創造性の融合:本歌に対する敬意を表しながら、自身の個性や独自の視点を盛り込むことが求められます。
伝統の継承:過去の名作を再解釈し、現代において新たな意味や美しさを見出すことができます。
対話的要素:本歌と新作の間に対話的な関係が生まれ、読む者に深い理解と共感を促します。
西行の「願わくは花の下にて春死なむ」は、本歌取りの題材として非常に多くの歌人に愛されており、その中で新しい感動や美を創り出しています。このように、本歌取りは日本の詩歌の豊かな伝統の一端を担う重要な手法です。
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<美しいもの>には双方向の愛があるのだと思う。
当然のことながら、現代でも愛されている「古典」はある。
当然のことながら、「革新」でも愛されるものもある。
では、「他者」に対する敬愛は実現されているだろうか。
私たちにはなぜ争いが絶えないのか。
ここには<双方向>についての失敗があるのではないだろうか。
拙『中3物語 / 理想の建設』を掲げることにする。
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2015年10月20日
学習塾リバティ 木村友彦
中3物語/理想の建設
理想は心を育てます。憧れる気持ちが自分のエネルギーになります。けれども気をつけなければいけません。子どもに理想像を示そうとするとき、子どもが拒否することがあります。どんなに素晴らしい理想でも、子どもがそのまま受け入れるわけではありません。自分のものとして消化して心に根づくためには、時間もかかるし、きっと何かの手順が必要なのでしょう。導く側にとって正しいことでも、教えられる側にとって必ずしも正しいとは限らない、と思っていた方がいい。思うようにならないからといって力で押したてるのは、子どもの心を歪めたり、破壊したりすることにつながりかねません。
辛抱強くいっしょに歩くこと。いっしょに笑える機会を待つこと。子どもの中のどこかに芽が出てきます。芽はどこから出てきてもいい。そう思って接していると、子どもは思わぬところで歩き始めます。思わぬところで歩き始めているものです。自分なりの理想の建設を認めてあげてください。きっと素晴らしい大人に育つだろうと思います。
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これは9年以上も前の記述だが、いまだに新しい。思春期の子どもさんのいるご家庭では、この論はご一読いただく価値があると思われる。しかしながら、これは《あなた》の《失敗》を前提とした文章であることが理解されるだろう。
<双方向>は<私>から。
《双方向》は《あなた》から。
スティーブ・ジョブズは新しかった。
新しいものが志向される世の中だが、《あなた》は古いものも好きですか?
《あなた》は<私>の話をどう思いますか?