2023年12月29日
昨28日夜は大阪大学テニス同好会の同期忘年会があった。仕事を休ませてもらった。コロナで何年か開催できなかった忘年会。久しぶりに旧友に再会した。中には30年以上も会っていなかった友だちも。
ところが私は遅刻してしまった。けーたいを持ってはいるが、外出時に持ち歩かない私。一度はH君に「曽根崎警察署の前で待ち合わせしてくれませんか」とメールを書いたが、お店が新御堂筋沿いにあることを確認して、高をくくって、書いたメールを送らなかったのが悪かった。梅田の繁華街を1時間うろうろした。道行くおにーさん。おねーさんにたくさんお世話になった。セブンイレブンの向かいと何度も教えてもらった。でも、この近くとわかっているのに目指すお店はわからなかった。小さな看板しか出ていなかったこと。ビルの7階だったこと。あきらめて帰って、みんなにお詫びのメールしようかなあ。私は「おどおど」の感覚を感じた。
ドン・キホーテのディスプレイ。そー表現した人がいた。これはもうずいぶん前にSNSで見たのだが、不登校の子どもの気持ち。当惑していて疲れてしまう子どもの気持ちを表現しようとした人の記述だ。私はドン・キホーテのお店に入ったことがないから、このようなことを書くのは不適切かもしれないが、でも年末の雑踏の中で、私はこういうことなんだなと実感したのだ。
「りんごがみかんになると式がわからない子」「平行移動の目盛りが数えられない子」「書いてあることをただ読み取ればいいのに一生懸命に思い出そうとする子」。オドオドはだれでも感じることがあるのだけれど、悪い場合はそれが恒常的になって、心の深いところにまで及んで「病気」と言っていいほどになってしまう。「歴史」が悪い場合がほとんどだ。
情報が氾濫して「自分を大切に」という言葉がむなしくひびく現代。「勉強」が子どもたちの生活の中心だ。その「勉強」でこそ《自由》を感じてもらえるように。年末にそんなことを再確認した私だった。