中3物語/偶然信仰

中3物語/偶然信仰

記事
学び
2022年5月20日
学習塾リバティ 木村友彦


引用 「森の匂いがした。秋の、夜に近い時間の森。風が木々を揺らし、ざわざわと葉の鳴る音がする。夜になりかける時間の、森の匂い。
 問題は、近くに森などないことだ。乾いた秋の匂いをかいだのに、薄闇が下りてくる気配まで感じたのに、僕は高校の体育館の隅に立っていた。放課後の、ひとけのない体育館に、ただの案内役の一生徒としてぽつんと立っていた。
 目の前に大きな黒いピアノがあった。大きな、黒い、ピアノ、のはずだ。ピアノの蓋が開いていて、そばに男の人が立っていた。何も言えずにいる僕を、その人はちらりと見た。その人が鍵盤をいくつか叩くと、蓋の開いた森から、また木々の揺れる匂いがした。夜が少し進んだ。僕は十七歳だった。」/宮下奈都『羊と鋼の森』の冒頭部分より
 「僕(外村)」はこのあと人生がガラリと変わる。
 人間は「投げられた存在」でありながら「自らを投げることを企てる存在」である。人はこれまで生きてきた下地にそいつつ現在の瞬間ごとに自分の未来を創造しようとする。けれど「そのとき教室に残っていたから」というだけの偶然から、自分の世界が開けることもあるんだ。
 世の中の洪水の中で柔らかさを失うな。豊かさに触れさせてあげてね。
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