タロットと西洋占星術に興味を持ったところまで前回書きました。
一方で同じ棚に並ぶことが多い、オカルト的なものには抵抗を覚えていました。
ですが占いに対してだけは、不思議なことにまったく抵抗がありませんでした。
この差は、今振り返ってみると、はっきりしています。
オカルト的な「不確かなものを呼び寄せる」体験と感じたのに対し、
占星術やタロットは「すでにあるものを読み解こうとする」営みに感じられていたのでしょう。
恐怖ではなく、知的好奇心に近い何かが、占いのほうにはあったのです。
年を経て学生時代、表面的な血液型占いや12星座占い以外で友人たちと占いの話をすることはほとんどありませんでした。
それでも、自分自身についての悩みを占うことだけは、途切れることなく続けていました。
周囲に語らなくても、内側ではずっと対話が続いていたというそういう状態だったのだと今は思います。
占いは、私にとって社交の話題ではなく、自分と向き合うための静かな手段であり続けたのです。
そして占い師としての今から振り返ってみると、
私の占いへの道は、
劇的な転機というより長い時間をかけた蓄積のように感じます。
境目の星座への疑問
一冊のタロット解説書
一台の電子占星術電卓
惑星の軌道計算ロジック作成
著名な占い師さん監修で西洋占星術システムの構築
こんな小さな接点の連なりが、やがて鑑定という仕事へとつながってきています。
ARCANUM REPORTという名で鑑定をお届けするいま、
私はあの頃の自分に礼を言いたいです。
よく分からないままアスペクトの機械を眺めていた子どもが、
今は言葉にして、誰かの迷いに寄り添う側に立てている。
その事実自体が、私にとっては大きな意味を持っています。
長くなってしまいましたが
ありがとうございました。
神司 智|ARCANUM REPORT