自動販売機で㏄レモンを買って、
奥さんと一緒に飲んで、
楽しくしゃべったよ。
奥さんは今、ユーチューブで、
岡田監督の解説音声を聞いている。
さて、『新しい光に包まれて』の第三回です。
☆
聖太郎は二晩の入院で病院を出た。退院の翌日から彼は高校に通い始めた。朝起きがあれほど苦手だった彼が、その日の朝はさわやかに、くっきりと目覚めることが出来た。そして相変わらず空気がキラキラ輝いて見える。朝日に照らされて宙に舞う埃の群さえも、彼には美しい創造物に思われた。何もかもが意味ある存在なのだ! 彼の感動の原点はその思いにあった。
聖太郎は、学校にいてもいつも孤独な存在だった。数人の友人はいたが、彼があまりにも無口で暗いため、そんなにべったりと彼のそばについていてくれなかった。一緒にいても、あまり話ははずまなかった。
そんなただのひねくれ者だった彼が、その日から友人たちと会話をすることを、少しは楽しいと思えるようになった。その上その日の放課後、それまで全然話を交わしたことのないある女生徒が聖太郎のそばに寄って来て、「一緒に帰りましょう」と誘いの言葉をかけてきた。思いがけない彼女の言葉に、聖太郎はかなり面食らったが、キラキラ輝く高揚感に励まされて応じることにした。
さっそくいいことが始まるぞ、という期待感に胸を膨らませながら……。
☆
その女生徒は、普段から全く目立たない存在の子だった。いつもうつむき加減に歩いていて、声を聞いた覚えがほとんどない。実は誘いをかけてくれた時点では、名前も分からないでいた。一緒に校門を出てしばらくして、「あのお、お名前は……」とおずおずと訊ねてみて初めて分かった。
須藤江理子――見かけによらず、華やいだ名前だった。
江理子が、ぼそぼそとした小さな声ではあるが、こんなことを言う。
――聖太郎の様子が昨日までとはすっかり変わってしまった。わたしにはその変化が手にとるようによく分かる。名前こそ知ってはいたが、聖太郎の存在は、わたしにとってもほとんど目立たないものだった。しかし今は他の誰よりも目立って輝いて見える、と。
「一体何があったの?」と、立ち止まって訊ねる江理子の表情が、聖太郎にとって突然魅惑的に見えた。さほど美人とは言えないこの女生徒が、いつかはとても美しくなるという可能性を秘めて見えたのである。
子供の時以来女の子と肩を並べて歩いたことのない聖太郎には、実はこの体験は非常な緊張を要する事態だったのだが、事故があってからの高揚感もあって、今の彼はやすやすと言葉を並べることが出来た。
彼はあの事故のことから、その後の空気がキラキラと輝いて見え始めたことや、佐山久美子という女の残して行ったメモのことなどを、次々と江理子に物語った。
「そのメモを見せて」と江理子は手を出す。意志の強そうな語調である。闇のように暗い子かと思っていたが、案外はっきりとした一面を持っている。
ポケットの財布から例のメモを出して江理子に渡すと、「今からすぐ行きましょう」と言う。両親と三人で行くか、母と二人で行くか、とにかく挨拶に行くことになっていたので、聖太郎はかなりためらった。でも江理子は、「わたしと一緒に行った方がいい」と反論の余地のない調子で言って、どうしても行かざるを得ないようにしてゆく。
聖太郎は結局、今日初めて会話を交わしたこの女生徒と、佐山久美子の住所を訪ねることにした。しかし彼は江理子と一緒に歩いていると、何故かとても楽しかった。お互い言葉数こそ少なかったが、少なくとも聖太郎にとっては安心出来る相手であった。世界がキラキラ輝く高揚感も、彼をこの思い切った行動に駆り立てる原動力となっていた。