わたしは占い師ですが、小説家でもあります。
そこでこのブログには、ぜひ小説を載せたいと思うのです。
題名は『新しい光に包まれて』というものです。
第一回のはじまり、はじまり、です。
聖太郎は十六歳、高校二年生だった。彼は今、急いで自転車を走らせて学校に向かっている。朝寝坊の癖のある彼は、寝過ごした時間を、通学の時間を縮めることでどうしてもやりくりするしかなかった。今朝は特に急いでいた。実はもう既に、始業の時間を五分もオーバーしていたのである。
「昨日先生に叱られたばかりなのに」という思いが、聖太郎の頭の中に充満していた。一学期に既に十三回の遅刻を記録していることを、禿げ茶瓶の物理を担当している担任の教師が、怒るというより半ばあきれたという小さな声で、彼に指摘した翌日のことである。
彼は何かが恐ろしかった。思い切り怒鳴られた方が楽なのに、先生は「何かお前変だぞ」というような不思議な目付きをして、なおかつささやくように言った。聖太郎のような年頃の者にとって、自分が他人から見て変だと思うことは、この上もない苦痛であるに違いない。
彼自身も自分のことを少し変だと思っているのだから、なおさらのことである。
底知れぬ重荷をかかえた悩める十六歳は、学校の近くの大通りに出る間際の道を真っすぐに突っ切ろうとしていた。焦りのために、注意力は全て吹き飛んでしまっていたのであろう、右手から突然自転車の影が見えたと気がついたのは、既にぶつかって、倒れて、頭を打って、意識を失う直前のことだった。
「ああ、ぼくは、このまま死んでしまうのだろうか」という、絶望と陶酔の相まざった心理状態になった時、聖太郎は目の前に一人の美しい女性の顔を見た。彼女はほとんど彼と鼻をくっつけんばかりにして、彼の顔を覗き込んでいる。美しい顔は、恋人に会った瞬間の女性の顔のように、輝くばかりの笑顔に満ちていたように思う。
何故こんな顔をするのだろうと思いながらも、聖太郎は女にじっと見惚れている。意識がなくなる前の三秒か、五秒か、十秒かの間の出来事だったが、聖太郎には永遠の美を永遠の時間嘆賞しているという恍惚感があった。
長身で、面長で、長い髪がキラキラ美しく輝く女性は、情感のこもった大きな目を輝かせて、聖太郎に何かを言っている。何を言っているのか、内容は聞こえない。ただ声だけが聞こえる。そして間もなくその声も聞こえなくなって、あっというまに、意識を失い、奈落の底に落ちる。――
ハッと目が覚めると、彼は白い壁の病室のベッドの上に横たわっていた。母が乱れた髪をかきむしるようにして、心配そうに息子の顔を覗き込んでいる。いつもの見飽きた母の顔。聖太郎は「あれ?」と思う。母の顔は、息子の目が開いたことで喜びに輝くが、その輝きが彼にとっては物足りない。「どこに行ったんだ、あの人は?」と、聖太郎は、キョロキョロと目を動かして、意識を失う直前に見た女性の姿を探す。
「聖太郎!」と叫んで、母は彼の首っ玉にかじりつく。母の体の震えと温もりが、聖太郎の神経を揺さぶる。その時になって初めて、聖太郎は、我に帰る。――「ああ、ぼくは生きていたんだなあ」と。
彼のベッドのまわりには、父もいた。妹もいた。
厳しい中に喜びを隠し切れない父が、聖太郎に一枚の紙切れを渡す。急に元気になった聖太郎は、その紙切れをひっつかむようにして受け取る。何かの予感があった。そしてその予感は的中した。
そこには女文字の走り書きで、自転車で女と衝突した場所からさほど遠くない住所が記されてあり、佐山久美子という名前が並んでいた。そして末尾には先の二行より大きな文字で、『新しい光に包まれて』と書かれてある。それだけだった。あとは何もない。
聖太郎がその紙を一通り見終わった頃を見計らって、父が、
「それからな、このメモの下に、一万円札が二枚小さく畳んで置かれてあった。お前はこんな大金を持っていたのか?」と訊ねる。
聖太郎は慌ててかぶりを振る。