女性性は、感受性、共感力、直感力などの特質と関連付けられますが、それは自己犠牲と同義ではありません。真の女性性は、自分自身を大切にし、他者との調和を保ちながらも、自分のニーズや願望を尊重することにあります。自己犠牲が過度になると、本来の女性性が歪められ、自分らしさを失ってしまうことがあります。
本来の女性性を開くことは「受け取る器」をもつ「本来の自分」であること。
「自分に対して評価が欲しい」という思いから、本来の自分ではなく観念まみれの立ち位置から発した寄り添い(のつもりのもの)は、ますます観念がからまった自分の立ち位置に着地し、迷走します。
本来の自分の立ち位置から発信したもの
=ただ咲いているだけで癒しを与える花
=本来の女性性が開かれた状態。
これは「自分さえよければいい」ということとは全く違います。
誰かが自分の真ん中に居て、それによって自分の立ち位置や在り方が振り回されてしまっている。
しかもそれを自分の意志だと思い込んでいる。
これは自分軸を完全に乗っ取られた状態です。
「望む未来や願望」と「本来の自分」を一致させる。
これが解決策ですが、またの機会に細かく掘り下げていこうと思います。