他人の不幸で飯が美味い!なんて思ってしまった自分は、なんて嫌な奴なんだろう・・どうして他人の幸福を願えないんだ・・とか思い悩んでるあなた、あなたは悪くない。だから、自己嫌悪に陥る必要なんてありません!!
「他人の不幸は蜜の味」は自然な感情であり、むしろ生存メカニズムなんですよ、でも、それはあなたが満たされてない証拠でもあるんです。
脳内の快楽物質(ドーパミンとかベータエンドルフィンとか)が枯渇してくると、人は生存の危機を感じます。この快楽物質が無いと鬱になってきて、活動欲求が下がるからです、活動欲求が下がると、社会活動ができなくなってきて、もっと悪くなると自殺願望すらでてきます。
毎日、同じような仕事のルーチンワーク、家と職場の往復、友人も恋人もいない、あるいは、いても疎遠というか虚しい、刺激のない日々・・こんな生活を続けていると、脳内の快楽物質は枯渇していきます。
衣食住には事欠かないが、自分の生活レベルとかは全然上がらない、お金持ちになれる見込みも、結婚できる見込みもない・・こんな感じだと脳は、どうにかして快楽物質を自分で作り出す必要があるんです。
なので、自分より幸福そうな人間が、ひどい目にあっている様子を見て、ざまあ見ろ、と思うことで、快感物質をひねり出して、どうにか生きようとしてるってことなんです、つまり生物の自然な生存戦略です。
人の不幸がメシウマとか、ああ、またこんなこと思っちゃったな、自分は嫌な奴なのか・・とか、ちょっとでも思っちゃったなら、あなたは、逆に良い人ってことですよ。自分が生存の危機にあるのに、そんな罪悪感が生まれちゃうなんて、良い人すぎます。本当は、それどころじゃないのに。
もっと、ヤバい状況だと、そもそも他人に関心が全く行かないので、他人の不幸にすら関心が行かなくなります・・つまり、メシウマとか言ってる場合ですらないほど、自分がヤバい状況ってこと。
そういうわけで「他人の不幸は蜜の味」なのは、自分が満たされてない裏返しの証拠なので、ある意味で危機的な状況ではあります。
他人をあえて不幸に陥れてやろうとするのは、さすがにヤバいですが、自分がかかわってないことで、偶然、他人の不幸を見聞きしてメシウマと思うのは、別に普通なので、それで自分を責める必要はないです。でも、その状態からは早く脱出したほうがいいですよ、っていう話。