魂は旅を味わい、人間は旅を生きる。
「想いだす法則」と可能性の話
こんにちは。おちゃのこです。
突然ですが、こんなことを考えたことはありませんか?
「人間とは、何だろう?」
「魂とは、何だろう?」
「そして、人間と魂は、どんな関係にあるのだろう?」
……いきなり話が大きくなりましたね。(笑)
でも、私は以前から、この三つが気になっていました。
今日は、私が考えている「想いだす法則」という人生観から、少しお話ししてみたいと思います。
では、気楽にお付き合いください。☕
人間とは。魂とは。そして、その関係とは?
まず、人間とは何でしょう?
私は、身体を持ち、五感や思考、感情を通して人生を体験し、自分の意思で選び、行動する存在だと考えています。
美しい景色に感動したり、誰かを好きになったり。
美味しいものを食べて、幸せな気持ちになることもありますよね。
では、魂とは?
私は、魂を、豊富な可能性を持ち、その可能性をさらに広げていける存在として捉えています。
そして、人間と魂の関係は?
人間は、魂にある可能性を使って人生を体験する。魂は、その体験を味わい、新しい可能性を創造する。
そんな関係なのではないでしょうか。
もちろん、これは科学的に証明された話ではなく、私なりの哲学的な仮説です。
でも、そう考えてみると、人生の見え方が少し変わってくるんです。
魂は、人生という旅を味わっている?
例えば、旅行をするとします。
歴史あるお城を見学する。知らない街を歩く。美味しいものを食べる。
でも、旅の面白さって、予定していた場所を訪れることだけではありませんよね。
お城を見に行ったはずなのに、帰ってから何度も思いだすのは、宿の窓から眺めた朝焼けだったりする。
お城には、ちょっと申し訳ない気もしますが。(笑)
でも、それも旅の楽しさですよね。
私は、人生もこれと似ていると思うんです。
魂は、人間という存在を通して、人生という旅を味わっている。
人間は、身体や感情を通して人生を味わう。
魂も、その体験を、魂なりの在り方で味わう。
その味わい方には、何らかの違いがあるのかもしれません。
そして私は、もう一つのことを考えるようになりました。
魂は、ただ旅を味わうだけではないのでは?
魂の成長とは、可能性が広がること
例えば、ピアノを習い始めた人がいるとします。
最初は、好きな曲を弾いてみたかっただけ。
でも、実際に弾いてみると、音を奏でる楽しさを知る。
誰かと一緒に演奏する喜びを知る。
そして、ある日、ふと思うんです。
「自分でも曲を作ってみたいなあ」
最初から作曲したかったわけではありません。
ピアノを弾くという体験から、新しい可能性が生まれたんです。
魂も、これと似ているのかもしれません。
人間が自由に選び、行動し、人生を体験する。
人間も魂も、その体験を味わう。
そして魂は、その味わいから、新しい可能性を創造する。
新しい可能性が加われば、魂が持つ可能性は、さらに豊かになります。
私は以前から、魂の成長とは、本来の在り様を想いだし、その理解を深めることではないかと考えてきました。
でも、そこからさらに、新しい可能性も生まれるのだとしたら?
魂の成長とは、可能性そのものが広がっていくことでもあるのかもしれません。
そして、ここが面白いところです。
もし人間が、魂にある可能性を自分の選択の土台として使っているのなら、魂の可能性が広がることで、人間が選び得る可能性も広がるのではないでしょうか。
つまり、
人間は魂に体験を与え、魂は人間に可能性を与える。
魂は、人間の自由な行動から生まれる体験を、味わいたいのかもしれません。
そして、その体験を支えるために、豊富な可能性を持っている。
人間が人生を体験することで、魂の可能性が広がる。
魂の可能性が広がれば、人間の選択の自由も、さらに豊かになる。
そんな相互作用があるのかもしれません。
もちろん、可能性が広がったからといって、現実の制約がすべてなくなったり、望んだ結果が必ず実現したりするわけではありません。
でも、選べる可能性が増えるって、それだけでも素敵なことだと思いませんか?
「すべては既にある」の意味
私は「想いだす法則」の中で、「すべては既にある」という考え方を大切にしています。
といっても、欲しいものが何でも、最初から手元にあるという話ではありません。
私が考えているのは、本来の自分が大切にしている想いや在り様。
そうしたものに、人生の体験を通して気づいていくことです。
私は、それを「想いだす」と呼んでいます。
そして今回、もう一つの考え方が生まれました。
既にあるのは、可能性をさらに拡大できる可能性そのもの。
つまり、まだ知らない新しい可能性を、これからの体験によって生み出していける余地がある、ということです。
すべての可能性が、最初から完成している必要はないんです。
体験することで、新しい可能性が生まれる。
そして、その可能性から、さらに別の可能性が生まれることもある。
だとしたら、「想いだす」とは、本来の自分の想いだけでなく、新しい可能性を生み出していける、自分自身の在り様に気づくことでもあるのかもしれません。
だから、まずはやってみる
さて、ここまで考えてくると、人生をどう生きるかという話につながってきます。
例えば、「自分のやりたいことがわからない」という人がいたとします。
やりたいことが見つかったら、何かを始めよう。
そう考えるのも、一つの選択です。
でも、反対の考え方もありますよね。
何かをやってみることで、やりたいことが見つかるかもしれない。
ちょっと興味を持ったことを試してみる。
思いがけず楽しいと感じる。
そこから、別のことにも興味が湧く。
最初から、すべての答えを知っている必要はないんです。
むしろ、やってみたからこそ、出会える答えもある。
そして、もし魂と人間が互いに可能性を広げているのだとしたら。
人間が何かを試してみることには、また別の意味も生まれます。
自分が自由に人生を体験することが、魂の新しい可能性にもつながっているのかもしれない。
そう考えたら、ちょっとわくわくしませんか?
もちろん、何かを始めることだけが大切なのではありません。
考えることも、学ぶことも、立ち止まることも、一つの体験です。
また、望まない苦しみや理不尽な出来事まで、魂が求めていた体験だという意味ではありません。
それに、魂を成長させるために、毎日何かを頑張らなければならないとしたら?
「本日の魂の成長実績を報告してください」
……なんて言われたら、人生が旅ではなく、研修になってしまいますよね。(笑)
私は、そういうことではないと思うんです。
体験することそのものに、価値がある。
そして、その体験から新しい可能性が生まれることもある。
それでいいのではないでしょうか。
あなたは、どんな人生を旅したいですか?
ここまでのお話を、少し整理してみます。
・人間は、自分の意思で選び、人生を体験する。
・魂は、その体験を味わい、新しい可能性を創造するのかもしれない。
・人間と魂は、体験と可能性を通して互いを支え合い、可能性を広げていく。その関係に気づくことが、人間の選択する自由にもつながる。
・想いだすとは、本来の自分の想いに気づくこと。そして、新しい可能性を生み出せる自分の在り様に気づくことでもある。
もちろん、これは私なりの人生観です。
でも、もしこの関係を意識することで、「やりたいことが決まってから始める」だけでなく、「やってみることで、やりたいことに出会う」という選び方にも気づけるとしたら。
それだけでも、人生の旅は少し自由になりそうですよね。
もちろん、寄り道も、ひと休みも自由です。何かを成し遂げなくても、旅そのものを味わっていいんですから。
魂は旅を味わい、人間は旅を生きる。
そして、その旅を通して、魂も人間も、互いの可能性を広げていく。
私は、人生をそんなふうに考えてみたいんです。
さて、最後に一つ、お聞きしたいと思います。
あなたは、どんな人生を旅したいですか?
まだ答えが見つからなくても、かまいません。
その答えだって、これからの旅の途中で生まれるかもしれないのですから。
以上になります。
お読みくださって、ありがとうございます。