いちばん力を抜いた一枚が、いちばん届いた / 追い風 / 女性起業家 /

いちばん力を抜いた一枚が、いちばん届いた / 追い風 / 女性起業家 /

記事
学び



* * *


/ 追い風 /



 いいねが、四つ。

 昨日の投稿。構図を練って、言葉を七回書き直して、タグを三十並べた、あの一枚。三時間かけて、四つ。

 真奈美は、画面を伏せた。隣の席では、大学生らしい二人が単位の話で笑っている。窓の外を、火曜の午後がのんびり流れていく。自分だけが、走っている。走っているのに、進まない。

 独立して、半年。イラストの仕事で食べていく、と決めた半年だった。

 毎朝五時に起きて描いた。マーケティングの本を七冊読んだ。「伸びるアカウントの型」を書き出して、その通りに投稿した。正解を、握りしめていた。握りしめるほど、指が固くなった。

 依頼は、月に一件。来ない週の方が、多い。

 会社員時代の貯金を、少しずつ、崩している。

 同じ頃に始めた人が、もう個展を開いている。その告知を見て、また比べて、また落ち込んで、また「型」を開いた。頑張りが、足りないのだと思った。もっと、もっと、と自分を追った。


   *


 ある夜、力尽きた。

 もう、型なんてどうでもよかった。ただ、好きな絵を描いた。夕暮れの、誰もいない公園。ブランコが一つ、風に揺れている。それだけの絵。

 キャプションも、いらなかった。「今日の夕方。」それだけ書いて、投稿ボタンを押して、洗いそびれたマグカップをそのままに、寝た。

 朝、画面が、いつもと違った。

 いいね、二百。コメント、十七。「この絵、あたたかい」「なんだか、泣きそう」。そして一つ、下の方に。「お仕事、お願いできますか。」

 真奈美は、ベッドの上で、固まった。

 いちばん、力を抜いた一枚。いちばん、届いた。


   *


 思い返せば、いつもそうだった。

 肩に力の入った絵は、硬かった。上手く描こうとするほど、線が死んだ。うまくいくときは決まって、自分が描いていることを忘れていて、手が勝手に動いて、気づいたらできていて、まるで誰かが代わりに描いていたみたいだった。

 その誰かは、たぶん、ずっと後ろの席にいた。真奈美が正解を握って前のめりになっている間、静かに、笑って、待っていた。


   *


 その日、真奈美は、一枚の紙に、こう書いた。

 「わたしは、依頼の絶えないイラストレーター。」

 まだ、依頼は数えるほど。それでも、書いた。いつかの目標としてではなく、今の事実として。書き終えてから、字が思ったより右上がりなのが気になって、でも、書き直さなかった。壁に貼った。

 最初は、嘘みたいで、目をそらした。三日で、見慣れた。一週間で、当たり前になった。

 当たり前になると、おかしなことが起きた。


   *


 街が、変わって見えた。

 カフェの黒板の、手書きの文字。あれは、誰かが描いている。あの店のロゴも、駅のポスターも、パン屋の値札も、友だちの結婚式の招待状も。

 世界は、絵を必要としている人で、あふれていた。

 半年間、一度も見えなかった景色。見えなかったのではない。探していなかった。

 真奈美は、友だちのカフェに、一枚持っていった。「壁に、飾らせて。」

 言ってから、店主が意外と長く迷ったので、少しひやりとした。エプロンで手を拭きながら、「うーん、あの柱のとこなら」。柱のところだった。レジからは、半分隠れる。奥で、豆を挽く音がしていた。

 それでも、それを見たカフェの常連さんから、一件。

 電話を切ったあと、真奈美は、しばらく動けなかった。柱の陰の、あの絵が。届く人には、届いた。

 その人の知り合いから、また一件。起業という獣道が、踏むほどに道になる。

   *


 夜、真奈美は、目を閉じた。

 半年後を、想像した。個展の、初日。壁一面の、自分の絵。訪れた誰かが、一枚の前で、足を止めている。その人の、少し潤んだ目。

 「この絵に、会いに来ました。」

 その声が聞こえた瞬間、胸が、熱くなった。本当に、そこにいるみたいに。指先まで、じん、とした。

 その熱を、覚えておいた。

 翌朝、机に向かうと、体が軽かった。描きたくて、たまらなかった。頑張ろう、とは思わなかった。ただ、止まらなかった。


   *


 魔法でもない。依頼が途切れる週も、まだある。断られる日も、ある。カフェの絵は、いまも柱の陰にいる。

 でも、追い風の吹く日が、増えた。

 真奈美は、もう、握りしめていない。ハンドルを、後ろの席の、あの誰かに返しただけ。


   *


 あの右上がりの字は、いまも壁にある。



* * *








\ ♪ 追い風 \




がんばれって声に
ずっと追われてた
うまくやろうとするほど
うまくいかなくて


でも 分かったんだ
肩の力 抜けば
ぐっと 楽になる
それだけでよかった


なりたい自分を
今 決めればいい


もう なってしまえばいい
理想の自分に 今すぐ
がんばる前に 笑って
好きなこと みたいに 動けばいい
探せば ちゃんと見える
君が選んだ道が
今日から 生き方は
自動楽モード


最初はうまくできない
それでいい それでいい
毎日 くりかえすうち
体が覚えてく


夢を書いた紙を
壁に割っておこう
もう叶った今日を
生きるだけでいい


つらいことは 続かない
好きだから 続いてく


もう なってしまえばいい
理想の自分に 今すぐ
がんばる前に 笑って
好きなこと みたいに 動けばいい
探せば ちゃんと見える
君が選んだ道が
今日から 生き方は
自動楽モード


胸が高鳴る その気持ちごと
思いえがけば 近づいてく
むずかしくない ただ 感じて
うれしい未来を 今 味わって


もう なってしまえばいい
理想の自分に 今すぐ
がんばらなくて いいんだ
君はもう 走り出してる
探せば ちゃんと見える
君が選んだ道が
今日から 生き方は
自動楽モード


どんな気持ちで
明日を えがく?
決めた その時から
もう 始まってる


* * *


/// 歌詞の「夢を書いた紙を 壁に割っておこう」は、
夢を書いた紙を力にして、目の前の壁を壊しておこうという意味で。

ここでの「壁」は、夢を阻む不安・常識・限界など。

紙に夢を書くことが、ただ願うだけでなく、壁を破る最初の行動になる、という解釈です。 ///






物語と歌 ―― ふたつで、ひとつ


 物語と歌詞(歌)を、続けて読んでいただきました。

 別々の作品に見えて、じつは、同じひとつの気づきから生まれた、双子です。

   *

 ただし、性格は正反対。

 歌は、まっすぐです。「もう なってしまえばいい」。言いたいことを、言いたいまま、あなたに向かって歌います。ひと息で、胸に届く。歌とは、そういう器だから。

 物語のほうは、なかなか、しゃべりませんね。真奈美というひとりのイラストレーターが、半年間もがいて、ある夜、力尽きて、それから少しずつ変わっていく。それを見せるだけで、何も勧めてこない。彼女の壁に貼られた一枚の紙が、いちばん雄弁なくらい。

 真奈美の仕事は絵ですが、この半年は、たぶん、業種を選びません。

   *

 どちらか一方でも、成立します。

 でも、ふたつ重ねると、少し違うことが起きます。

 歌が「壁に貼っておこう」と歌う言葉が、物語の中で、右上がりの字になって、実際に壁に貼られている。歌がひと息に駆け抜けた道を、物語は、真奈美の半年をかけて、ゆっくり歩き直す。

 歌がまっすぐ言うことを、物語は、遠回りして生きてみせます。
歌と物語では、性格は正反対。でも気づきは同じ世界。

   *

 ここでは、物語を先に置きました。

 でも、順番は、自由です。歌を聴いてから、もういちど物語に戻ってくると、同じ場面が、違って見えるかもしれません。

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 そして、もし、あなたも何かを始めている人なら。

 壁に貼る(割る)紙に、何と書きますか。










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