「このままでいいのか」と思った夜に
スマホを閉じたあと、理由もなく落ち着かない夜があります。
誰かと比べたわけでも、大きな失敗をしたわけでもないのに、
「このまま進んでいていいのだろうか」と、ふと立ち止まってしまう。
そんなとき、あなたはどこへ行きますか。
人に会う人もいれば、SNSを開く人もいるでしょう。
私は、静かに本棚へ向かいます。
今年は「紙」と「電子」が分かれ始める年だと思う
今年は、紙の本と電子書籍の役割が、はっきり分かれていく年の始まりだと感じています。
電子書籍は、スマホやタブレットで気軽に読める。
移動中でも、待ち時間でも、思い立った瞬間に開ける。
一方で紙の本は、手に取る重さや、ページをめくる感覚があり、
「いま、読んでいる」という実感を、確かに身体に残してくれる。
この感覚の違いを、すでに多くの人が感じているのではないでしょうか。
行き着く先は同じ「居場所」になるということ
役割は違っても、行き着く先は同じだと私は思っています。
それは、本が「居場所」になるということです。
近年、私が特に何度も手に取っているのが
DIE WITH ZERO という翻訳書です。
ある程度の年齢になったら、お金を貯めるだけではなく、
経験に使い、人生を充実させよう。
そんなメッセージが書かれています。
内容はすでに頭に入っているのに、
漠然と先のことを考えると、私はこの本を本棚から取り出します。
ページをめくり、同じ箇所を読み返すうちに、
いつの間にか、この本そのものが「居場所」になっていると感じるのです。
会社という居場所を失って、初めて気づいたこと
私は何十年も出版社に勤め、その後ひとりで出版社として独立しました。
会社員時代は、良くも悪くも「会社」という居場所が、最初から用意されていました。
面倒なことも多かったけれど、居場所があること自体を、当たり前だと思っていたのです。
独立してからは違います。
仕事相手や友人、知人に囲まれていても、基本は一人。
居場所は、自分で考え、作らなければならない。
そんな中で、私に居場所を提供してくれたのが、本でした。
紙と電子、それぞれにある「しっくりくる場所」
私の場合、
小林正観さんや
枡野俊明さんの本は、紙の本での居場所です。
本棚から取り出す行為そのものが、心を整えてくれる。
一方で、
高田純次さんの本は、電子書籍。
スマホの中に入っていて、気軽に読める“お守り”のような存在です。
人によっては、電子書籍こそが安心できる居場所になるでしょう。
どちらが正しい、ではありません。
「どちらが、自分にしっくりくるか」──それだけだと思うのです。
本を居場所にできると、人は少し楽になる
本を「居場所」だと感じられるだけで、気持ちは驚くほど楽になります。
そして、不思議と前へ進む力が湧いてくる。
紙の本でも、電子書籍でもいい。
あなたにとって、そっと戻れる場所が一冊あるかどうか。
いま、あなたの居場所になっている本は、どこにありますか?