(3)「宇宙に始まりがある」ことの衝撃:天文学・数学
②「定常宇宙論」にトドメを刺した「ビッグバン宇宙論」の進展
「膨張宇宙論」→「ビッグバン宇宙論」→「インフレーション宇宙論」~仏教的「輪廻宇宙論」「定常宇宙論」は成立しない。
「ビッグバン理論」は観測と理論の両面の動機から生まれました。観測的には、多くの渦巻星雲が地球から遠ざかっていることが知られていましたが、当初これらの観測を行った研究者たちはその宇宙論的な意味に気づいておらず、これらの星雲が実際に我々の天の川銀河の外にある銀河であるということも分かっていませんでした。1927年にベルギーのローマ・カトリック教会の司祭であったジョルジュ・ルメートルは一般相対論のフリードマン・ロバートソン・ウォーカー計量に従う方程式を独自に導き出し、渦巻銀河が後退しているという観測結果に基づいて、宇宙は原始的原子(primeval atom)の「爆発」から始まったというモデルを提唱しました。これが後に「ビッグバン」と呼ばれるようになったのです。
1929年、エドウィン・ハッブルがルメートルの理論に対する観測的な基礎付けを与えました。彼は地球に対して銀河があらゆる方向に遠ざかっており、その速度は地球から各銀河までの距離に比例していることを発見しました。この事実は現在、「ハッブル・ルメートルの法則」として知られています。ここで、宇宙は十分に大きな距離スケールで見れば特別な方向や特別な場所を持たないという宇宙原理を仮定すると、「ハッブル・ルメートルの法則」は我々の宇宙が膨張していることを示唆していることになります。
このアイデアを説明するモデルとして、対立する二つの可能性が考えられました。一つはルメートルの「ビッグバン理論」で、ジョージ・ガモフがその説を支持し、発展させました。もう一つの可能性はフレッド・ホイルの「定常モデル」です。このモデルでは銀河が互いに遠ざかるに従って新しい物質が生まれ、これにより宇宙の物質密度が一定に保たれるとします。このモデルでは宇宙はどの時刻でも大まかには同じように見えることになります。ルメートルの理論にビッグバン(Big Bang)という名前を付けたのはホイルで、1949年の BBC のラジオ番組 The Nature of Things の中で彼がルメートルのモデルを "this 'big bang' idea" とからかうように呼んだのが始まりであるとされています。
長年にわたって、これら両理論に対する支持は真っ二つに割れていました。しかし、やがて、宇宙が高温高密度の状態から進化したというアイデアを支持する観測的な証拠が挙がってきました。1965年の宇宙マイクロ波背景放射の発見以降は、「ビッグバン理論」は宇宙の起源と進化を説明する最も良い理論であると考えられており、現在の宇宙論の研究はそのほとんど全てが基本的な「ビッグバン理論」の拡張や改良を含むものです。現在行なわれているほとんどの宇宙論の研究には、ビッグバンの文脈で銀河がどのように作られたかを理解することや、ビッグバンの時点で何が起きたかを明らかにすること、観測結果を基本的な理論と整合させることなどが含まれています。
「ビッグバン宇宙論」の分野では1990年代の終わりから21世紀初めにかけて、望遠鏡技術の大発展とCOBE、ハッブル宇宙望遠鏡、WMAPといった衛星から得られた膨大な量の観測データとが相まって、非常に大きな進展が見られました。これらのデータによって、宇宙論研究者は「ビッグバン理論」のパラメータを今までにない高い精度で計算することが可能になり、これによって宇宙が加速膨張しているらしいという予想外の発見がもたらされました。
ビッグバン理論では、宇宙は極端な高温高密度の状態で生まれたとされます。その後、空間自体が時間の経過とともに膨張し、銀河はそれに乗って互いに離れていきます。
COBE(コービー)~1989年に打ち上げられたアメリカの人工衛星で、宇宙背景放射探査機(Cosmic Background Explorer)の頭文字を取ってCOBE衛星と呼ばれました。COBEの成果によって、宇宙論は頭のなかで考えるものから観測データを基に議論する「精密科学」に変わったとされ、宇宙の進化を研究するスティーブン・ホーキング博士は、COBEの成果を「20世紀最大の発見」と呼んでいます。
宇宙は高温の火の玉で始まったというのがビッグバン理論によれば、その時に宇宙に満ちていた電磁波は宇宙の膨張と共に変化し、今は波長の長い電波になっており、これを宇宙背景放射と呼びます。これは光で見える宇宙最古の姿「宇宙最古の写真」と呼ばれ、1964年に電波雑音として発見されましたが、大気に吸収されるため、地上での観測には限界がありました。米航空宇宙局(NASA)ゴダード宇宙飛行センターのジョン・マザー上席研究員と米カリフォルニア大バークリー校のジョージ・スムート教授は、1989年に打ち上げられた宇宙背景放射観測衛星「COBE(コービー)」を使って、あらゆる方向からやってくる宇宙の電波を詳細にとらえました。その結果、宇宙背景放射が絶対温度約3度(零下約270度)であることや、この温度は方向によりわずかにゆらぎがある(異方性、温度ゆらぎ)ことを明らかにし、これでビッグバン理論は揺るぎないものとなり、火の玉から現在の宇宙に進化してきた過程の理解が大きく進んだのです。初期の温度ゆらぎがあったから宇宙の物質密度が不均一になり、星や銀河が生まれたと考えられています。2人はこの成果から2006年にノーベル物理学賞を受賞しています。
ハッブル宇宙望遠鏡~1990年にスペースシャトル・ディスカバリー号によって打ち上げられた、地上約600km上空の軌道上を周回する宇宙望遠鏡で、地球の周回軌道にのせられた望遠鏡の中では一番成功を収めたものだとされ、現代の天文学に革命をもたらし続けていると言われています。ハッブル宇宙望遠鏡によって得られた重要な科学成果としては以下のようなものが挙げられます。
①宇宙膨張とその加速の度合いを測定。
②超大質量ブラックホールがほぼ全ての銀河中心に存在することを発見。
③太陽系外惑星の大気の特徴を解明。
④太陽系の様々な惑星で生じる気象現象を観測。
⑤宇宙年齢の97%もの時間をさかのぼり、恒星と銀河の誕生・進化の年代を調査。
WMAP~2001年にアメリカ航空宇宙局 (NASA) が COBE の後継機として打ち上げた宇宙探査機ウィルキンソン・マイクロ波異方性探査機(Wilkinson Microwave Anisotropy Probe、「ウィルキンソン」は「宇宙背景放射観測の父」と呼べる人物の名前)で、その任務はビッグバンの名残の熱放射である宇宙マイクロ波背景放射 (CMB) の温度を全天にわたってサーベイ観測することです。こうしたWMAPの観測データにより、宇宙年齢が137億歳と精度良く求まり、さらに光子が電子に邪魔されずに進めるようになった「宇宙の晴れ上がり」の時点である宇宙年齢38万歳の宇宙の姿が明らかになってきました。また、現在の宇宙の大半を占めているダークマターやダークエネルギーの正体を解き明かす上で貴重な鍵となるとされています。
①宇宙年齢38万歳の時点において、宇宙ニュートリノが宇宙の組成の10%を占めており、他に原子12%、光子15%、ダークマター(暗黒物質)63%だったということが示されました。
②宇宙の暗黒時代が終わった時期が示唆されました。電子が自由を奪われ、光子が直進できるようになった「宇宙の晴れ上がり」の時点から、宇宙最初の世代の星が誕生し、その放射により周囲の原子から電子が再び自由になって「宇宙の霧」となるまでには、4~5億年はかかったとされます。
③急激な加速膨張で宇宙の平坦性などを説明するインフレーション宇宙モデルに関して、観測データから制約条件を課すことができることです。現在仮説として乱立している様々理論は淘汰が進み、整理されていくと見られています。
【参考文献】
『よくわかる宇宙論 ニュートンの無限宇宙からホーキングの最新理論まで』(金子隆一、日本文芸社)
『相対論的宇宙論 ブラックホール・宇宙・超宇宙』(佐藤文隆・松田卓也、講談社BLUE BACKS)
『「量子論」を楽しむ本 ミクロの世界から宇宙まで最先端物理学が図解でわかる!』(佐藤勝彦監修、PHP文庫)
『ノーベル賞で語る20世紀物理学 極微の世界から宇宙まで』(小山慶太、講談社BLUE BACKS)
『光で語る現代物理学 光速Cの謎を追う』(小山慶太、講談社BLUE BACKS)
『超光速粒子タキオン 未来を見る粒子を求めて』(本間三郎、講談社BLUE BACKS)