【例文】
やまとうたは、人の心を種として、万(よろづ)の言の葉とぞなれりける。世の中にある人、ことわざ繁(しげ)きものなれば、心に思ふことを、見るもの聞くものにつけ、言ひ出(いだ)せるなり。花に鳴く鶯(うぐひす)、水に住む蛙(かはづ)の声を聞けば、生きとし生けるもの、いづれか歌をよまざりける。力をも入れずして天地(あめつち)を動かし、目に見えぬ鬼神(おにがみ)をもあはれと思はせ、男女(をとこをんな)の中をも和(やは)らげ、猛(たけ)き武士(もののふ)の心をも慰むるは歌なり。
【訳文】和歌というものは、人間の心情をもととして、(それが)様々の言葉となって、表れたものである。この世の中に生きている人は、(いろいろと)出あう事件やする仕事が多いものであるから、(それについて)心に感じたことを見たり聞いたりするものに託して、(言葉として)表現したものである。花の咲く木に来て鳴く鶯の声や、水に住む河鹿(かじか)の鳴く声を聞くにつけても、全てこの世に生きているものは、何一つとして歌を詠まないものがあろうか(、皆歌を詠むものだということが感じられる)。(別に)力をも入れないで天地(の神)を感動させ、目に見えない鬼神をもしみじみと感じさせ、(また)男女の仲をも和合させ、勇猛な武士の心をも慰めるものは、歌である。
【解説】
905年以後成立。最初の「勅撰和歌集」(天皇・上皇の命令によって編纂した和歌集。平安時代から室町時代にかけて21回行われ、これを「二十一代集」と言います)で、「古」は『万葉集』から後を、「今」は撰者(紀貫之<きのつらゆき>、紀友則<きのとものり>、凡河内躬恒<おおしこうちのみつね>、壬生忠岑<みぶのただみね>の4人で最初は友則が中心でしたが、その没後に従弟の貫之が中心となりました)の時代を指しています。成立当時は『続(しょく)万葉集』とも呼ばれていたようですから、勅撰ではないとはいえ、如何に『万葉集』の存在が大きかったかが窺えますね。
(1)『万葉集』の特徴
成立:760年頃
撰者:大伴家持(おおとものやかもち)
歌風:「ますらをぶり」(男性的)。素朴・雄大で簡明。
傾向:現実的、直感的、主情性。
修辞:枕詞(まくらことば)・序詞(じょことば)が多く、対句・反復表現に富む。
(2)『古今和歌集』の特徴
成立:905年
撰者:紀貫之、紀友則、凡河内躬恒、壬生忠岑
歌風:「たをやめぶり」(女性的)。優雅・繊細で詠嘆性が強い。
傾向:観念的、技巧的、理知性。
修辞:掛詞(かけことば)・序詞・縁語が多く、擬人法による表現も多い。
(3)『新古今和歌集』の特徴
成立:1205年
撰者:藤原俊成、藤原定家ら
歌風:幽玄・有心体(うしんたい)。華麗で優美性に富む。
傾向:幻想的、余情的、象徴性。
修辞:本歌取(ほんかど)り・体言止め(余情)に富む。暗喩性が強い。
『古今和歌集』の歌風は「古今調」として近代まで長く和歌の手本となっており、整然とした構成や配列なども後の勅撰和歌集の模範とされています。また、この「仮名序」は「文学史上最初の優れた歌論」とされ、やはり後世の文学に大きな影響を及ぼしています。ちなみに「仮名序」と並んで紀淑望(よしもち)の「真名序(まなじょ)」(「真名」は漢字の意)が巻頭を飾っていますが、これは仮名序を漢文に訳したものと見られています。『万葉集』の歌人としては、「歌聖」柿本人麻呂(かきのもとひとまろ)が最高峰とされ、山部赤人(やまべのあかひと)、山上憶良(やまのうえのおくら)、大伴旅人(たびと)、大伴家持らがそれに続きますが、仮名序の中でも紀貫之らに先立つ著名な歌人として「六歌仙」を挙げて、けっこうボロクソに品評しています。
①僧正遍照(そうじょうへんじょう)に対する品評
歌としての特色ある風体はなしているが、(歌のうちにこもる)感動というものが欠けている点がある。例えば、絵に描いてある女を見て、(その美しさに)むやみに心を動かすようなものである。
②在原業平(ありはらなりひら)に対する品評
歌の(根源である)感動は余るほど込められているが、(それを表現する)言葉が足りない。(例えば)しぼんでいる花が、その美しさは失(う)せてしまって、匂いが残っているようなものである。
③文屋康秀(ふんやのやすひで)に対する品評
言葉の技巧は優れているが、巧みさだけが際立っていて、風体と調和したものとなっていない。例えて言うなら、商人が良い着物を着ているようなものだ。
④喜撰法師(きせんほうし)に対する品評
表現の仕方が奥深くて、一首全体の上で意味が明瞭でない。例えて言うなら、清らかな秋の月を見ている時に、(その月が)暁方の雲に覆われたようなものである。(ただし、この人の)詠んだ歌は世間に多く知られていないから、あれこれの歌を比較して(見ることができないので、その歌風は)よくとらえることができない。
⑤小野小町(おののこまち)に対する品評
古代の衣通姫(そとおりひめ)の流れを汲むものである。優美で身にしみるような趣きを持っているが、力強さがない。例えて言うなら、美しい女が病気で悩ましげにしているところがあるのに似ている。力強さに欠けるところがあるのは、女の歌だからだろう。
⑥大伴黒主(おおともくろぬし)に対する品評
その歌風が卑俗である。例えて言うなら、薪(たきぎ)を背負っている木こりが花の陰に休んでいるようなものである。
ところで、貫之がこの仮名序で「力をも入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女の中をも和らげ、猛き武士の心をも慰むるは歌なり」と述べているのは「言霊」の作用を言ったものですが、文章的には『詩経序』(子夏の作とされる)からの影響と見られています。そこには次のように出てきます。
「故に得失を正し
天地を動かし
鬼神を感ぜしむる
詩に近きはなし
先王これを以って夫婦を経し
孝敬を成し
人倫を厚くし
教化を美しうし
風俗を移す
故に詩に六義あり」
実際に和歌によって天地を動かし、鬼神をもあはれと思わせ、男女の仲をも和らげ、猛き武士の心をも慰めた例として、『今昔物語』『宇治拾遺物語』『古今著聞集(ここんちょもんじゅう)』『今物語』『塵塚物語(ちりづかものがたり)』などに多く見ることが出来ます。また、中世歌学の家の権威を重んじる風潮から、『古今和歌集』の語句解釈に関する秘密伝授がなされるようになり、これを「古今伝授」と呼んでいます。