儒教の教祖で「聖人」と呼ばれた孔子に次ぐ存在として、「亜聖」と呼ばれた孟子は幼時に父を失い、母の手ひとつで育てられましたが、最初、墓地の近所に住んでいたところ、孟子が墓堀人の真似ばかりして遊ぶので、母はこれを心配して早速市場のそばに移ったと言います。ところが、今度は商人の真似ばかりしているので、学塾のそばに引っ越したところ、今度は祭り事の道具を並べ、丁寧な礼儀の真似事を始めたので、母はこういう所こそわが子を置くにふさわしいと喜んだと言います。
これは教育には環境が重要であること(英語でもNature vs Nurture「先天的素質か後天的養育か」といったヘッドラインがよく見られます。日本ならさしずめ「氏より育ち」といったところでしょう。イギリスのことわざでは「服装が人を作る」、アラブのことわざでは「どんなにつらくても町に住め」といった言い方もあります)、そのためにはコストがかかること(経済学でも「人的資本」の理論で、「教育という投資」が実に重要で、それが技術革新や経済成長、社会発展に大きな影響を及ぼすことを分析しています)を意味しています。
ちなみに孟母には「断機の戒め」という故事成語もあります。これは孟子がある日、ひょっこりと遊学先から家に帰ってきた時、母が孟子に学問の進歩のほどを尋ね、孟子が相変わらずであると答えると、母は自分が織りかけていた織物をスッパリと断ち切ったエピソードによります。孟母は「お前が学問を途中で止めるのは、私が織りかけたこの布を切ってしまうのと同じことなのですよ」と言って諭したというのです(『烈女伝』『蒙求』)。