「どんなに不運な人でも、人生に3度はチャンスが巡ってくる」と言います(ある意味ではこの世に生まれて来ることができただけ幸運だったとも言えますので、絶対不運の人は1人もいないと言えるかもしれません)。また、逆にどんなに好運な人でも人生に3度以上はそうそうチャンスが巡ってくるものではないとも言います(「ホップ・ステップ・ジャンプ」「仏の顔も三度」などと言うように、「3」数というのは節目を示すものとして認識されてきたようです)。したがって、この巡ってきた貴重なチャンスを逃さず捕まえることができるかどうかは、大きな分かれ目になると言えるでしょう。英語で「機会を逃さず捕まえる」ことをtake (あるいはseize) time by the forelockと言うように、チャンスの神には前髪しかなく、後ろ頭ははげているので、通り過ぎた後に捕まえようとしても、捕まえることができないというわけです。時期を逸すると意味が無いことを日本では「六日の菖蒲(あやめ)、十日の菊」(五月五日の菖蒲、九月九日の菊であってこそ役に立つのであって、それに間に合わなければ「後の祭り」となるわけです)と言います。