運がつく言葉①:「チャンスの神には前髪しかない」

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 「どんなに不運な人でも、人生に3度はチャンスが巡ってくる」と言います(ある意味ではこの世に生まれて来ることができただけ幸運だったとも言えますので、絶対不運の人は1人もいないと言えるかもしれません)。また、逆にどんなに好運な人でも人生に3度以上はそうそうチャンスが巡ってくるものではないとも言います(「ホップ・ステップ・ジャンプ」「仏の顔も三度」などと言うように、「3」数というのは節目を示すものとして認識されてきたようです)。したがって、この巡ってきた貴重なチャンスを逃さず捕まえることができるかどうかは、大きな分かれ目になると言えるでしょう。英語で「機会を逃さず捕まえる」ことをtake (あるいはseize) time by the forelockと言うように、チャンスの神には前髪しかなく、後ろ頭ははげているので、通り過ぎた後に捕まえようとしても、捕まえることができないというわけです。時期を逸すると意味が無いことを日本では「六日の菖蒲(あやめ)、十日の菊」(五月五日の菖蒲、九月九日の菊であってこそ役に立つのであって、それに間に合わなければ「後の祭り」となるわけです)と言います。
 では、どうしたらこの「チャンスの到来」を察知することができるのでしょうか?実はこれには小さなチャンスの到来を敏感に感じ取っていく訓練が必要なのですが、そこで大きな役割を果たすのが「直観」です。「あれ?これはもしかするといいかも」といった第一印象が重要なのです。大体理性は後からいろいろと理屈付けするものなので、「冷静に考えるとあの時もダメだったし、この時もダメだったし、やっぱり今度もダメだよ、きっと」などとダメ出しをしたり、その理由をあれこれと考えて、行動に移さないことを正当化するものです。その背後にはまた失敗して傷つきたくないという防衛機制が働いているわけです。ところが、直観には潜在意識・深層意識からダイレクトにメッセージが送られることがあるので、意外に「自分が本当に必要としているもの」を感じ取っていたりするのです。
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