しんどい日だからこそ見えた、ちょっとした「収穫」

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コラム

見ていただいてありがとうございます。

先日、久しぶりに体調を崩し(急な腹痛)ほぼ一日しんどい時間を過ごしました。夕方まで予定が入っていなかったことに心からホッとし、
「よかった・・・」と心底つぶやいたのを覚えています。

普段なら、体調が悪いと「ああ、何もできない・・・」と焦ってしまいがちですが、その日はそんなことを考える余裕もなく、自分を立て直す、自分を癒す、そこに一点集中でした。
でもなぜか不思議と冷静な気分で、強制的にすべてのタスクから解放されたことで、かえって心が軽くなったのかもしれません。

そんな時、思わぬ「収穫」がありました。

ほとんど外出しない、どこかに通うこともない、いわゆる「サナギ息子」。
何も言ってきませんでしたが、こちらからお願いしたら朝食の食器の洗い物を代わってやってくれました。その簡単な手伝いが、心に温かいものをくれました。

そしてもう一つ。

もうすぐ20歳になるのに将来の話は一向にしてこない、何も考えてない様子の息子。年金のことなどが親としては気がかりで時折頭をかすめますが、本人にはこれまでそのような話に触れることができませんでした。
・・・が、その時はふと、息子に「これから必要なことをしてほしい。考えてほしい。解決しようとしなくてもいいから、話せる人に話してほしい」と伝えることができました。

どさくさに紛れてつい口から出た言葉。後から考えると『これでよかったのかな?』とちょっと不安になりましたが、『ジャッジしようとしない方が良い』と感覚的に思えたのです。結果的に、これは私にとって、 ”完璧じゃなくてもいいんだ” という気づきにもなりました。
もちろん、たったこれだけの短い言葉で、すべてが解決とはいきません。

でも しんどい日だからこそ、言えずにいた本音が出てきたのかもしれません。

体調不良という一見ネガティブな出来事も、視点を変えれば、新しい自分や家族の温かさを発見するチャンスになる。何かが少し進む・・・。
そんな大切なことを感じた日でした。

完璧じゃなくていい。まずは自分の感覚を大切にすること。
そのまんまでいること。
それが、より豊かな人生を送るための第一歩かもしれませんね。

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