思考の道具箱:日常に潜む非常識化のヒント

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コラム
僕にとってコンテンツとは、
この手紙の存在も改めてお伝えすると、

道具箱です。


道具箱というのは、
例えばカナヅチやノコギリや
五寸釘など様々なものが入った箱のことです。


それらは単なる道具であり、
使い方がわかれば便利ですけど、
使い方がわからないと単なる
「奇妙なもの」 の集合体です。



僕はここで、
そういう類のものを、
毎回提示していきたいと思っています。



道具とは、使って何ぼです。
使えば使うほどに
上手に使えるようになっていくし、
逆に使わなければ、
道具箱の中で錆びて朽ちていく。



是非、何かを「学び、吸収し、覚える」といった視点ではなく、思考の「刺激」「きっかけ」として読んでいただき、そしてその思考を非常識化していくための「道具」としてお役立ていただけたら嬉しいです。



あなたもコンテンツ作成で悩んだら、

「道具箱」「ヒント集」「きっかけ集」

それらを大切な相手に伝える感覚で良いんじゃないかと思います。


きっかけは、
日常に転がっているものじゃないですか?

具体的に例えると…
世間で度々話題になっている
セクハラやパワハラやカスハラなど、

あのような報道を見ていて思うのは…
人間をモノとして、何か(誰か)の目的のための道具として見ている
という点では、
同じ視点・構造を持っていて、
この点こそが問題の本質だと思うのです。


というのも、
セクハラ・パワハラ・モラハラ
というのは人権の侵害であり、
つまり「ひとりの人間を人間として扱っていない」ことが問題だからです。

人権を無視され、
モノとして扱われていると。

にもかかわらず、
世の中には一方は炎上し、
一方は当たり前のことを書いても受け入れられる事例があります。


これは社会的なダブルスタンダードではないだろうか?って思うことがあまりにも多すぎるように感じます。


話は少し飛びますが、
そういえば「左翼」と呼ばれる人たちも、
同じ症状を見せるような気がします。

彼ら曰く「日本の戦争責任が」「アジアの人々に対して大変申し訳ないことをし て」「弱者の声を聞き」などなどです。

しかし不思議なもので、
彼らのその「論理」は、
日本が「されたこと」につい ては適用されない。

日本の話になると、
それは突然「いじめられる方にも責任がある」論になり、論理が破綻する。

こういう「ちょっと(もしくはだいぶ)頭の弱い」彼らの議論は、
いつも「結論ありき」なんですよね。

実は、「常識的な議論」とか「常識的な見解」のほとんどは結論が初めから決まっています

これを読んでくれているあなたには、
この点を常日頃から注意していただきたい。
そして、結論ありきに陥らないよう努力をしてもらいたい。

これが文字通り
非常識化
の第一歩になるからです。


結論ありき」の人がいくらそれっぽく長々と語っていても、そこには公平性やそれに基づく思考が欠如しているために頭が悪く、幼稚に見えてしまう。

守るべき弱者」が初めから決まっていて、その守るべき弱者の肩を持つために後から理屈と根拠をこじつけるやり方は、どこか釈然としない印象を相手に与えるじゃないですか。

例えば「悪者日本」という結論があれば、
こから世界を(歪めて)再構築する。


「セクハラされるのは女子」という結論があれば、男がいくら(動く精子バンク扱いというとんでもない)セクハラをされていてもスルーです。

女性専用車両というものも、発想がそもそもそういう貧困さの極致を示すようなものだと思うのです。

なぜ同時に「男性専用車両」を作らないのか?(あるいはせめて同じレベルで 議論されないのか)。

もちろん女性の立場に立てば、
女性車両の必要性は理解できます。

痴漢という存在が女性をモノのように扱う理不尽さは想像できますが、痴漢って電車に乗っている男性の割合で言えば全体の何パーセントでしょうか?僕は電車には何千回も乗車していて見たことが一度も無いです。

その超少数派な卑劣漢のせいで、
その超少数派を基準にするせいで……
満員電車に乗っている男たちが日々どれだけ緊張により神経をすり減らし、痴漢と間違われないような創意工夫を強いられ、会社に着くころには既に疲弊しきって日常の業務に支障をきたしているか?自由に通勤しバリバリ働く、という人権を侵害されているかわからないのでしょうか?

まさかわかっているけど「そんなのはどうでもいい取るに足らない問題だ、女性は快適に安全安心な通勤をする権利があるが、男性は我慢して創意工夫を重ねながら通勤し神経をすり減らし最後の気力を振り絞って業務に勤しまなければならない生き物なのだ」とでも思っているのでしょうか?


だとしたら日本は超怖いです。

ただ、実際問題として、男性も女性もお年寄りもお子さんも一緒の権利と考えるのは難しいのが実情だと思います。

枠を広げて考えたら、なぜ「ベビーカー専用車両」ではないのか?ベビーカーユーザー以外にも、もっといろいろ「専用車両」を「正しく」必要としている人たちはいるはずです。

にもかかわらず、何となくの空気と、結論ありきで作られたああいう恥ずかしいものが毎日普通に 走っている国が、昨今「普通」なんです。

結局はそんなものは所詮見方次第だから、
どうでもいい話でもあります。

でも、そうではなく…
こういうダブルスタンダードを無意識に使い分けているのが一般大衆であり、そういう人々を、いちいちまともに相手にしていては人生があっという間に 終わってしまうから、是非これを読んでいるあなたには、そんな愚を犯さず、自分の 人生を少しでもよいものにしてもらいたいとは本気で考えています。

そのため の「非常識化」なのですから。
いつもよりも多く語ってしまいましたが、
最後まで読んでくださってありがとうございます。
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