旦那が子育てしてくれないとイライラしている母ちゃんへ

旦那が子育てしてくれないとイライラしている母ちゃんへ

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コラム
「なんで私ばっかりなん?」

昔の私は、何度もそう思ってた。

うちは今も、ほぼ360日ワンオペ。

旦那は飲食店勤務で、土日はほぼ仕事。 学校行事、習い事の送迎、掃除、洗濯、子どもの予定管理。

基本的には私がやっている。 状況だけ見れば、昔とそんなに変わってない。

それなのに今は、以前ほど旦那にイライラしなくなった。 旦那が劇的に変わったわけでもない。

じゃあ、何が変わったんやろう。振り返ってみると、変わったのは旦那ではなく、私の「物事の見方」だった。

昔の私はずっと、「私も仕事してるんやから条件は一緒」と思っていた。

当時はパートを3つ掛け持ちしていた。

子どもが熱を出せば、休む段取りをするのは私。朝から職場に電話して、頭を下げて、代わりに入れる人を探して、なんとか休めるように調整する。

そんな私の横で旦那はいつも通り出勤の準備をして、 「行ってきます」と家を出ていく。

「あんたには、このバタバタしてる私が見えへんの?」

本気でそう思ってた。 悔しくて、熱を出して寝ている子どもの前で泣いたこともある。

でも今思えば、あの頃の私は、 「私はこんなに大変」 「旦那は何もしてくれない」 という一方向からしか、この状況を見られていなかったんだと思う。

その見方が大きく変わったきっかけが、子どもの不登校だった

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それまでの私は、
・学校には行くもの。
・宿題はするもの。
・周りと同じようにできたほうがいい。

そんな「こうあるべき」をたくさん持っていた。

でも子どもが学校へ行けなくなって、

「学校に行かない人生もあるんかもしれない」 「今は頑張らなくてもいい時期かもしれない」 「周りからどう見られるかより、この子が笑ってるほうが大事やな」

そう思えるようになった。

そこで初めて気づいた。 私はずっと、ひとつの正解からしか物事を見ていなかったんやなって。

考えてみれば、子どもが生まれたときに願っていたのは、 「元気に育ってくれたらそれでいい」 それだけだったはず。

なのに子育てしているうちに、
・勉強も頑張ってほしい。
・運動もできてほしい。
・周りからいい子だと思われてほしい。

少しずつ「こうなってほしい」が増えていった。 そして、その通りにならないことにイライラするようになっていた。

でも不登校を経験してから、目の前にあるものを見るようになった。 ・テレビを見て笑っている。 ・ご飯を食べながらくだらない話をしている。 ・学校へ行く子もいれば、家でゲームをしている子もいる。

それでも今日も生きてここにいる。

それって、当たり前じゃない。 そう思えるようになってから、日常の見え方が少しずつ変わった。

ある日、同じように旦那のことも別の方向から見てみた

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・朝早く家を出て、帰ってくるのは夜中。
・一日中立ちっぱなしで暑い厨房で鍋を振り、汗だくになって働いている。
・自分の時間もほとんどない。
・休みの日は寝てばかり。

昔なら、「休みの日ぐらい子どものことやってよ」と思っていた。

でも旦那側から見たら、「休みの日ぐらい体を休ませたい」なのかもしれない。

そこで自分に聞いてみた。

「旦那と生活、丸ごと交換したい?」

答えは、嫌だった。

私の生活も確かに大変。 だけど私は、

・子どもの運動会を見られる。
・参観にも行ける。
・習い事の送り迎えをしながら、その日の出来事を聞ける。
・熱を出して甘えてくる子どもの横にいられる。

大変さばかり見ていたけど、 私は「子どものそばにいられる時間」もたくさんもらっていた。

子どもが親を必要としてくれる時間なんて、振り返ればほんの一瞬

そこに気づいてから、「子育てできるって、ありがたいことなんかもしれへんな」と思えるようになった。

もちろん、だからといって母親が全部我慢すればいいとは思わない。 しんどいなら「しんどい」と言えばいい。 助けてほしいなら「助けて」と言えばいい。

家事も育児も、一人で抱え込む必要はない。

でも、 「私ばっかり頑張ってる」 「この人は何もしてくれない」 そう思っているときって、相手がしていないことばかりが目に入る。

少しだけ立つ場所を変えてみると、今まで見えなかったものが見えることがある。

私は旦那の立場を考えられるようになってから、以前より少し優しく接するようになった。

すると旦那も少しずつ変わった

仕事が少し早く終わった日に、「習い事、何時に終わるん?」と聞いて、迎えに行ってくれることが増えた。

相手を無理やり変えようとしていた頃より、自分の見方を変えたときのほうが、結果的に相手も変わっていった。

夫婦って、「どっちが大変か」を競い始めると、たぶんずっと決着がつかない。

母ちゃんには母ちゃんの大変さがある。 父ちゃんには父ちゃんなりの大変さがある。

どっちが上でも下でもなく、ただ見えている景色が違うだけなのかもしれない。

相手を変えることは難しい。

でも、自分が立つ場所を少し変えることはできる。

そうすると、昨日まで「なんで私ばっかり」と思っていた毎日が、 ほんの少し違って見えることがある。

昔の私みたいに、「旦那が何もしてくれへん」って毎日イライラしている母ちゃんに、

こんな見方もあるんやなって、少しでも届いたらいいなと思う。

子育てについての葛藤はこちらの記事でも紹介しています。



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