誤解のないように言っておきますが、私はAdobeが嫌いなわけではありません。むしろ、私のキャリアはIllustratorのベジェ曲線と共に始まりました。CMYKのインクの匂い、0.1mmのズレも許されない入稿データ、特色の指定…。そこではAdobeこそが「神」であり、絶対的なルールでした。
しかし、グラフィックデザインの仕事を続けながらWebデザインやコーディングも習得し、現在は紙とWebの領域を横断する「ハイブリッド」な働き方をする中で、ある日ふと気づいてしまったのです。
「あれ、今月、Illustrator 何回開いたっけ?」
現在、私はAdobe CCに加え、Figma、Canva、そしてGeminiやClaudeといった生成AIにも課金しています。新しいツールには投資を惜しまないタイプです。 その「全部入り」の環境で仕事をしていると、残酷なほど正直な「肌感」が芽生えてきます。
それは、「Adobeがワクワクする未来を見せてくれなくなった」という寂しさと、「もうAdobe一強の時代は終わったんだ」という確信です。 なぜ、かつての「神」が、ただの「高機能なツールのひとつ」になってしまったのか。Adobe MAX 2025 Sneaksを経てもなお拭えないこの違和感の正体を、現場の視点から言語化してみたいと思います。
Illustratorは「解体」された
以前は、ロゴ作成も、チラシのレイアウトも、Webのカンプ作りも、すべてIllustrator(イラレ)の仕事でした。しかし今、私のワークフローにおいてイラレの出番は激減しています。 なぜなら、イラレが持っていた機能が、より優秀な他のツールたちに「解体」されてしまったからです。
①「レイアウト」はFigmaへ
WebやUIデザインにおいて、もはやイラレを使う合理的な理由はありません。Figmaの方が圧倒的に軽く、コンポーネント管理も優秀だからです。 かつては「とりあえずイラレでカンプを作る」のが当たり前でしたが、今はスクリーンデザインにおいてFigmaの右に出るものはありません。イラレが担っていた「情報の設計図」としての役割は、完全にFigmaに移りました。
② 「ベクター・素材作成」はCanvaとAffinityへ
ここが決定打です。「Figmaはベクターや印刷に弱い」という声もありますが、イラレの競合はFigmaだけではありません。
複雑なパスを描く、ロゴを作り込むといった職人的な作業には、Canva傘下となり基本無料化された「Affinity」があります。「プロ品質のベクターツールが無料」という事実は、月額数千円のIllustratorを契約し続ける理由を根底から揺るがします。
逆に、サクッとあしらいを作りたい、既存の素材を組み合わせたい時は「Canva」の方が圧倒的に速い。
つまり、「精密なレイアウトはFigma」「素材作りはAffinityかCanva」という包囲網が完成してしまい、Illustratorには「過去の遺産(.aiデータ)を開く」という役割しか残らなくなってきているのです。
私は「井の中の蛙」だった
昨年の「Adobe MAX 2025 Sneaks」の後、私は世間の反応を知りたくてネット検索をしました。しかし、そこで直面したのは意外な現実でした。 Adobe MAXを取り上げる日本語の動画が驚くほど少なく、再生数も回っていないのです。
一方で、「Canvaの便利な使い方」や「最新AIツールの紹介」といった動画は、一般層に向けて大量に作られ、桁違いの再生数を叩き出しています。 この対比を見た時、私は自分の認識が間違っていたことに気づき、愕然としました。
「私は、井の中の蛙だったんだ」と。
私たちプロのクリエイターは、Adobeが業界の標準であり、世界の中心だと思い込んでいました(自分だけかも)。 しかし、社会全体から見れば「クリエイター」なんてほんの一握りの存在に過ぎません。「脱Adobe」だの「サブスクが高い」だのと騒いでいるのは、社会の端っこで起きている、極めてニッチな議論だったのです。
Canvaが起こしたのは、イラレユーザーの奪還ではありません。「そもそもIllustratorなんて知らない(知る必要もない)」という圧倒的多数の人々に、デザインの扉を開いたのです。 彼らはCanvaとイラレを比較してCanvaを選んだわけではありません。最初からCanvaしか見ていないのです。
「Canvaか、イラレか」と比較していたこと自体が、プロ特有の狭い視点でした。 デザインが真に大衆化した今、プロの道具であるAdobeが話題の中心にならないのは当たり前です。 私が感じた「ワクワクしない」という感覚は、Adobeが「みんなの話題」ではなくなり、本来の「職人のための静かな道具」に戻ったことの証左だったのかもしれません。
Adobeは「Canva」になろうとしている
私が「世間の中心はCanva(大衆)だ」と気づいたのと同様に、Adobe自身もその事実に焦りを感じているはずです。その証拠が、近年猛プッシュしている「Adobe Express」の存在です。
Adobeは今、かつての「選ばれしプロのための重厚なブランド」というイメージを必死に払拭しようとしています。 PhotoshopやIllustratorの機能を切り出し、ブラウザで動き、誰でも直感的に扱えるツールへ。彼らが目指しているのは、明らかに「AdobeのCanva化」です。
これは企業としては正しい生存戦略でしょう。しかし、私たち長年のユーザーからすれば、それは決定的な「決別」のようにも映ります。 Adobeが「誰でも簡単に作れる」を目指せば目指すほど、職人のように技術を磨いてきた私たちの「こだわり」や「ニッチな要望」は、優先順位の低いものになっていくからです。
Adobeは終わらないが、「玉座」からは降りる
「Adobeが終わる日」というタイトルをつけましたが、明日すぐにAdobeがなくなるわけではありません。Photoshopの高度なレタッチ機能など、まだ代替不可能な領域は残っています。
しかし、「クリエイターならAdobe CCコンプリートプランが必須」という常識は、確実に終わります。
・Web構築はFigmaとVS Code(やCursor)
・ベクター編集は(無料の)Affinity
・日常のデザインはCanva
・思考の整理とアシストはAI(Gemini/Claude)
必要な時だけPhotoshopを単体契約する。そんな「脱Adobe依存」のスタイルが、これからのクリエイターの賢い選択肢になっていくでしょう。 それは寂しいことではなく、私たちが特定のベンダーに縛られず、「自分のスキルと最適な道具」を自由に選べる健全な時代が来た、ということなのです。
\ 紙・Web デザインのお見積りはこちらから /