最近頓挫しそうな事業がありまして。今後に活かしたいと思いコラムに書き記します。4年間くらいかけて、とある事業を行ってきました。色々な方面と調整したりしながらですが、何とかこの1−2年は軌道に乗っており、仕事をこなして患者さんや病院にとって利益が大きいと思われることをやってきたのですが、転勤に伴い後任に受け継いだところ急に立ち行かなくなってしまいました。
まず、事業がうまくいっていた理由を考察すると、この事業を考えた私が非常に熱心だったからです。事業内容を最初から練り、綿密に他者と協議を重ね、その時々に応じて問題が発生すればすぐに解決策を模索しました。特に注意したのは誰にとっても有益であることを目標とした点です。一般的に仕事をしてお金を稼ぐにあたり、「仕事する」とは社会の役に立つことをすることです。その見返りが収入になります。一般的なサラリーマン(勤務医の私を含めて)は社会に出て与えられた仕事をこなすため、「仕事」を生み出した経験がほとんどありません。事業を立ち上げたのは社会にとって役に立つ仕事を0から作り出す経験が得たかったからです。その意味で仕事をしてお金を稼ぐとは「自分の労力や時間を割いて社会に役に立つことをする。それがお金として支払われる。」ということだと考えたからです。0からなかった仕事を生み出し、収益を上げる、そのために自分なりに尽力を重ねました。そしてそれが軌道に乗ったのでした。個人的にクリエイティブなとても良い経験になったと思います。
私自身この事業には自信がありました。そして、自分が立ち上げた事業という自負とある種の油断があったのだと思います。事業が軌道に乗ったためそれで安心してしまい、油断に繋がったのかもしれません。軌道に乗っていたはずの事業が最近黄色信号になってきてしまいました。その理由は私が転勤し他者にうまく引き継げなかったからです。自分がマネジメントしていた頃はこの事業を立ち上げた本人なので、1から10まで全てのことを把握しています。だからマネジメントが的確になり、多方面との調整がうまくいっていたのです。ところがそれが全てを把握していた私だから上手くいっていたのだとの理解が不十分だったのだと思います。引き継ぎもかなり慎重にやったつもりではあったのですが、不十分だったのだと思います。当然私と同じかよりマネジメント力のありそうな人に引き継いだのですが、その人というよりは周りからの不協和音に対応が困難となったようで、とてもその引き継いだ人材に迷惑をかけてしまいました。全ては自分の不徳の致すところで、この事業に対する熱意や情熱が他者に伝わりきらなかったことと、全ての細かい引き継ぎが不十分であったことが原因なのだと考えています。
私は物事を比較的ポジティブに捉える体質なので、今回のことは非常に勉強になりました。まず、0から社会にとって必要な「仕事」を生み出すことの大切さ、大変さ、楽しさを経験することができました。今回の事業がこのまま頓挫してしまったとしても、また、新たな仕事を生み出し社会に還元する事が面白そうだと考えることができます。そして、人に事業を任せる、引き継ぐことの難しさも学ぶことができました。次何か考えることができたらこれらの成功体験、失敗体験を活かして取り組めると思います。今後も引き続き頑張っていきます。