~不登校・ひきこもりのお子さんが最高の笑顔を取り戻す!~
親子の未来応援ひろば「カナエール」 代表
青島明日香です。
子どもが学校に行きたくないと言い出したとき。
その登校しぶりから始まり不登校→ひきこもりまで
まさか、11年もの時間を過ごすことになるなんて、
当時の私は思ってもいませんでした。
登校しぶりから始まり、完全不登校
高校での留年、退学、そしてひきこもり、ニート。
振り返ってみると、
一番つらかったのは、
最初の「学校に行きたくない」でした。
子どもが学校に行きたくないと言い出したとき、
私はどうしたらいいのかわかりませんでした。
学校には行くもの。
毎日学校に通って、勉強して、友達と過ごす。
そんな当たり前だと思っていた日常が、
突然、当たり前ではなくなったのです。
何とか学校に行けるようにしてあげたい。
どうしたら行けるようになるんだろう。
何をしてあげたらいいんだろう。
きっと、子どものためにできることがあるはず。
そう思って、いろいろなことを考え、
試してきました。
でも、子どもが学校に行けない状況は、
簡単には変わりませんでした。
不登校が日常になっていく
登校しぶりが続き、やがて完全不登校に。
高校に進学したものの、留年を経験し、
最終的には高校を退学しました。
その後は、ひきこもりの時期も続きました。
11年。
最初は、子どもが学校に行けないことが大きな衝撃でした。
けれど、不登校が日常になっていくと、
少しずつ自分の心の反応も変わっていきました。
学校に行けないことにも、
以前ほど心を揺さぶられなくなっていったのです。
そして、ひきこもりになった頃には、もはや諦めの境地。
もちろん、最初から穏やかに受け止められたわけではありません。
悩んだし、苦しかったし、何とかしたいと思っていました。
それでも、長い時間を過ごすなかで、
少しずつ変わっていったものがありました。
それは、娘の状況だけではなく、
私自身の気持ちでした。
私を苦しめていた「こうなってほしい」
今振り返ると、当時の私の中には、
たくさんの「こうなってほしい」があったのだと思います。
学校に行けるようになってほしい。
高校を卒業してほしい。
その先は進学したり、就職したりして、
自立した生活を送ってほしい。
親として、
子どもの将来を心配するのは自然なことだと思います。
私も、娘の幸せを願っていました。
だからこそ、何とかしてあげたいと思っていました。
でも、いつの間にか、娘の今の姿よりも、
私が望む未来に目が向いていたのかもしれません。
「このままではいけない」
「何かしなければ」
「この子のために、もっとできることがあるはず」
そんな思いが強くなるほど、私は焦り、
娘の言動に一喜一憂するようになっていました。
そして、何とかしようとすることが、
私自身を苦しめていたのです。
諦めたのは、娘の未来ではなかった
今になって思うのは、
あの頃の「諦め」が、
私と娘を苦しみから解放するきっかけになったのではないか、
ということです。
ただし、誤解してほしくないことがあります。
それは、娘の人生や未来を諦めた、
ということではありません。
学校に行かない娘を見捨てたわけでもありません。
私が少しずつ手放していったのは、
「こうなってほしい」
「こうするべき」
「このままではいけない」
という、自分の中にあった思い込みや期待だったのだと思います。
学校に行けるようにしなければ。
何か行動を起こさせなければ。
将来のために、今のうちに何とかしなければ。
そうやって、娘を何とか変えようとすることを、
少しずつ手放していきました。
すると、私自身の気持ちにも変化が生まれました。
娘が今日、何をしたか。
学校に行けたか、行けなかったか。
そうした一つひとつの出来事に、
以前ほど振り回されなくなっていったのです。
そして、私が変わっていくなかで、
娘との関係も少しずつ変わっていきました。
子どもが動き出すタイミングは、親が決められない
親としては、
子どもが苦しんでいる姿を見るのはつらいものです。
できることなら、早く元気になってほしい。
自分のやりたいことを見つけて、前に進んでほしい。
そう願うのは当然だと思います。
でも、子どもがいつ、どんなふうに動き出すのかは、
親には決められません。
親が一生懸命に働きかけても、
思うように動けないことがあります。
一方で、親から見ると何もしていないように見える時期にも、
子どもの中では何かが起きているのかもしれません。
娘も、長いひきこもりの時期を経て、
少しずつ自分で行動するようになりました。
誰かに言われたからではなく、
自分で考え、自分で決めて動く。
そんな姿を見るようになりました。
もちろん、一直線に進んできたわけではありません。
立ち止まることもあれば、思うようにいかないこともあります。
それでも、娘には娘のタイミングがあり、娘なりの歩み方がある。
そのことを、私は娘との時間を通して学んできました。
親ができることは、子どもを動かすことだけではない
子どもが学校に行けなくなったとき、
親はどうしても「何をしてあげたらいいのだろう」と考えます。
私も、そうでした。
でも、親ができることは、
子どもに何かをさせることだけではありません。
子どもを変えようとする前に、
自分自身の気持ちや、子どもとの関わり方を見つめ直してみる。
今の子どもの姿を、
すぐに何かの結果と結びつけずに受け止めてみる。
そして、子どもが自分で考え、動き出す余地を残しておく。
それもまた、親にできる大切なことなのだと思います。
もちろん、ただ何もせずにいればいい、という話ではありません。
子どもの状態によっては、
周囲の支援や専門家の力が必要なこともあります。
大切なのは、何もしないことを目指すのではなく、
今の子どもに必要な関わり方を考えること。
そして、そのためにも、
親自身が追い詰められすぎないことだと思います。
諦めることが、新しい一歩につながることもある
登校しぶりから、完全不登校、高校退学、そしてひきこもり。
娘と私が過ごしてきた11年間は、決して簡単な時間ではありませんでした。
あの頃の私に、今の私が声をかけられるとしたら、こう伝えたいです。
「そんなに頑張って、何とかしようとしなくても大丈夫だよ」
「子どもの未来を信じることと、子どもを自分の思う方向に動かそうとすることは、違うんだよ」
そして、
「諦めることが、必ずしも悪いこととは限らないんだよ」と。
諦めることは、何もかも投げ出すことではありません。
自分ではどうにもできないことを、どうにかしようとするのをやめる。
自分の思いどおりに進めようとするのをやめる。
そうすることで、初めて見えてくるものもあるのだと思います。
もし今、子どもが学校に行けないことや、家から出られないことに悩み、
何とかしなければと苦しくなっているお母さんがいたら。
少しだけ、肩の力を抜いてみてほしいです。
子どもの未来を諦めなくていい。
でも、今すぐ自分の思い描いた未来に向かわせようとしなくてもいい。
子どもには、子どものペースがあります。
そして、お母さんにも、お母さん自身の人生があります。
子どもを何とかしようとすることから、少し離れてみる。
そのことが、親子の新しい一歩につながることもあるのだと、私は思っています。
あなたはどんな人生を歩みたいですか?