ガチの真言ループとヤバい太鼓に包まれた日

ガチの真言ループとヤバい太鼓に包まれた日

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コラム
先日ふと目にして気になっていた、お寺の神聖な行事へ行ってきた。

普段から自宅で20分ほど真言や祝詞を唱えて心を整える時間を作っているけれど、お寺の境内で聴く生の空気感は、やっぱり全然違っていた。

何がヤバいって、まずお坊さんたちの太鼓がめちゃくちゃ上手い。
腹にドスンと響くリズムと圧倒的な迫力で、もはや空間全体の空気をビリビリと振動させている。
その重厚な太鼓の音に重なって、お坊さんたちのガチの真言ループが体に直接響き渡った瞬間、頭で考えるより先にゾクゾクッと鳥肌が立った。

お堂に響く声と音の波動にじっと身を委ねていると、知らず知らずのうちに心や体に溜め込んでいた緊張がふっと解けて、気づけばボロボロと感謝の涙があふれてきた。

「わたしは、知らず知らずのうちに力を入れて頑張りすぎていたんだな」と、胸の奥から深く浄化されていくような感覚だった。

境内で出会った参拝客の方々と少し言葉を交わす機会があった。

初対面のはずなのに、お互いにすーっと心がひらいていくような、とても穏やかで心地よい会話の時間。
そこに集う人たちの温かな空気感と、お腹の底を揺さぶるようなあの太鼓の余韻に包まれながら、ふっと大切なことに気づかされた。

「あぁ、わたしたちはもっと肩の力を抜いて、自分の素直な気持ちのままに面白がって生きていいんだな」って。

不動明王さまが、あの圧倒的な音の響きや境内の温かな対話を通して、「そんなに肩肘張って固くなってないで、もっと楽に自分を生きてごらん。」と優しく教えを授けてくださったのだと思う。

泣いて、笑って、人と温かく心を放ち合えたおかげで、帰る頃には心がすっきりと晴れ渡り、とても軽やかな足取りになっていた。

人は生きていると、ついつい「こうしなきゃ」「ちゃんとしなきゃ」と自分を縛って、心を固くしてしまいがちだ。

でも本当は、もっと力を抜いて、素直なままで笑って生きていい。

余計な身構えを手放して素の自分でいること。。それだけでいいんだと、あの太鼓の響きと温かな対話が教えてくれた気がする。
境内の温かな空気と、あの上手すぎる太鼓の響き、そして心地よい対話に導かれたこの体験は、わたしの中に力強いエネルギーとして残っている。

明日からも、目の前の日々を自分らしく軽やかに過ごしていこうと思う。

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