こんにちは。
※はじめましての方へ
このページは「プロフィール」の番外編です。私がどんな人なのかを先に知りたい方は、まずはこちらの【総合プロフィール】から読んでいただくと、この先のお話も分かりやすいと思います。
私の総合プロフィールを読んでくださった方は、私がかつて「歩けなくなり、杖でも生活を送っていた」ということをご存知かもしれません。
今回は、私の10年間のブラック企業勤務時代について詳しくお話しさせてください。
もしあなたが今、昔の私と同じように自分を責めているなら、どうか最後まで読んでみてくださいね。
その前に!
「まずは声や占いの雰囲気を確かめたい」という方へ。
声の相性や話し方のテンポが合わないと、どうしても話しにくいことがありますよね😆
📹 オリジナルのスプレッドでタロットを引いているYouTube動画です。気になった方は、ぜひこちらを再生してみてくださいね。
●「君の力が必要なんだ」
きっかけは、ある中小企業の社長からの「引き抜き」でした。
その会社は、アンティークガラスなどの輸入部品やインテリアを扱う貿易会社。当時、大手企業で販売員として顧客に恵まれていた私を、その貿易会社の社長は熱心に誘ってくれました。
ある日、社長が私の店にやってきて、ボロボロと涙を流しながらこう言ったのです。
「3ヶ月前に店を出したが、うまくいかない。どうしても君の力が欲しい。うちに来てくれ」
このときの私は、自分の実力を過信していました。大手の看板がなくても、自分の力でこの人を救えるかもしれない。
大手企業でお偉いさんに気に入られ、挑戦を忘れてぬるま湯に浸かっている自分はカッコ悪いんじゃないか?
今、こんなにも自分を必要としてくれる人がいる。その現実に「男気」と「冒険心」を刺激され、私は目の前に見えていた出世コースを捨てて転職しました。
●理想と現実の落差
しかし、入社した現場は、呆れるほど杜撰(ずさん)なものでした。
レジはない。商品の値段もついていない。掃除もされておらず、在庫管理すらまともにできていない状態。
さらに、店長として入社したはずが、直前で「営業」に肩書きを変えられました。
「騙された」と思いましたが、愚痴を言っても始まりません。私は休日を返上し、深夜まで必死に働きました。仕入先や有名な作家さんを回ってイベントを企画し、売上を立てていきました。
しかし、社長が私に向けたのは、感謝ではなく「邪魔者扱い」と「毎日の説教」でした。
●少しずつ壊れていく心
私が売上を立てるたびに、社長は理不尽な要求を突きつけてきました。
「あの商品は本当は5,000円高いから、お客様から追加でもらってきて」
「配送の送料が3万円かかるから、届ける時にお客様からもらって」
「車の用意がないから、自分の車で家具を搬入して」
「それは無理です」と断ると、何時間も説教され、人格を否定し、私の尊厳をこれでもかと削ってくるのです。
最初は、こちら(社長)のミスですから、と社長と話し合いの時間を作っていました。
しかし、毎日次から次へと、思いもよらない無理な要求が続くと、次第に反発心は消えていきます。反論しても話が通じず、理解してもらえません。あまりに面倒で、精神的に消耗するだけの時間でした。
私はお客様から追加でお金をもらったフリをして、自分の財布から身銭を切って支払うこともありました。
「裏の在庫に傷がついているのはお前のせいだ」と言いがかりをつけられたスタッフの代わりに、私が定価で買い取ったこともあります。
今、こうやって冷静に書いていると、明らかにおかしいですよね。
でもその当時は「その場をやり過ごす」ことしか考えられなかったのでしょう。
●安っぽいプライド
当時の私は、「なんでうまくいかないんだ」「自分が悪いんだ」と思い込まされていたような気がします。今考えると、完全に心が麻痺していたのです。
「人生をかけた転職だったから、挫折した姿を前の職場の部下たちに見せたくない」
「ここで踏ん張らなきゃ、かっこ悪い」
そんなクソみたいなプライドだけを燃やし、「いつか報われる日が来るはず」と、地獄のような生活を10年近くも続けてしまいました。
●お客様の笑顔だけが救いだった
たとえば、数十万のソファーを販売した時。お客様が帰られ、配送の手配をしていると、「この商品はあなたが配送できるから、自分で配送してきて」と言われ、自分の車で配送させられることも日常的でした。
ある日、私の自家用車で大型家具の配送中、後ろからトラックに衝突される事故に遭いました。しかし会社は労災を拒否。「休みの日にあなたが勝手に配送していたことにして」と口裏を合わせさせられました。
その事故のあとも、配送会社の料金を節約するため、私が配達に行くことがたびたびありました(お客様から正規の配送料は頂いているのに、です)。
本当は配達に行きたくなかった。
それでも私が配達に行くと、お客様が「わぁ!あなたが来てくれたの!」と喜んでくれる。
出してもらったコーヒーやお茶菓子を食べながら、お客さまの生活や「夢」のお話を聞いている時間が幸せでした。
お客さまの笑顔だけが、当時の私の唯一の救いでした。
社に戻ったら、社長から「家に入ったなら、ベッドや掃除機を売ってこい」と怒鳴られるのですが。
●自主性の死
祖母が亡くなったお通夜の夜でさえ、「明日の商談はどうするつもり?」と言われ、私はお通夜に行くことを諦め、商談に向かいました。
その頃には、自分で主体的に動くことをやめていました。
自分で企画を考え、売上を取りに行けば、上手く行けば行くほど、言いがかりをつけられ、傷つけられ、何も報われないから。
私の心は、完全に死んでいました。
●身体が教えてくれた「限界」
そんなある日、休日出勤で重いソファと大きなシャンデリアを一人で搬入している最中、私の腰に激痛が走りました。
そのまま緊急入院、そして手術。
しかし、リハビリをしても思うように足が動かず、「これからは杖がないと歩けない」という現実が待っていました。
大好きな自転車に乗ることも、神社巡りをすることもできない。
労災はやはり出ませんでした。数ヶ月の休業補償の間、足を引きずりながら近所を杖をついて歩き、リハビリに励みました。
●鏡の中の自分
思うように歩けない足と手術の後遺症、痛みと再発の恐怖と闘っていた時、社長から「無理に歩かなくていいから、ほんとはダメだけどアルバイトという形でお店に入って」という電話がありました。
もちろん断りましたが、こんな時にも自分のことしか考えていない社長の対応にゾクゾクと鳥肌が立ちました。
そんなある日、リハビリをしてくれている先生が突然驚いた声を出し、髪の毛を鏡で見るように言われました。
言われたように鏡で自分の頭を触っていくと、
一箇所だけ、つるっとした地肌。
私の頭の一部分に髪の毛がないのです。
深刻に考えてないつもりでしたが、ストレスが身体に現れていました。
私の頭には大きな円形脱毛症ができていました。
「ああ、もうダメかもしれない」
そこからしばらくして、引きずる足で職場に復帰しましたが、ある日、本当に「なんとなく」、すーっと糸が切れるように思いました。
「もう、辞めよう」
あんなに執着していたプライドも、10年間の地獄も、足が動かなくなったことで、ようやく手放す決心がついたのです。人生の強制終了でした。
●「諦める」と、負けは違う
会社を辞めてからしばらくは、何もできませんでした。
安全な場所にいても、10年間に浴びせられた罵声や理不尽な仕打ちが、ことあるごとにフラッシュバックして心がえぐられたからです。
会社を辞めて8年が経つ今でも、思い出すと胸の奥がキュッと苦く、嫌な気持ちになります。
しかし、そこから私の運命は変わり始めました。
私の人柄を知ってくれていた周囲のお店や社長さんたちが、少しずつ「チラシを作ってほしい」「エクセルの相談に乗ってほしい」「ホームページを作ってほしい」と仕事をくれるようになったのです。
今では家の中で作業を完結させ、時間にも場所にも縛られない「自由な2拠点生活」を送れるまでになりました。
あの時、私は「諦める」という選択をしました。
タロットや占いは、ときに「諦めないことの大切さ」や「継続の重要さ」を教えてくれます。
けれど、それと同じくらい、「潔く諦めることの大切さ」も教えてくれるのです。
悲観せず、執着しないこと。
「もう逃げてもいいんだよ」と、自分を肯定してあげること。
私はこの「占いマインド」があったからこそ、どん底から気持ちを切り替え、失った足の自由の代わりに、生き方の自由を手に入れることができました。
●あの日の私のようなあなたへ
自分を後回しにしてしまう優しいあなた。
辛いとき、自分の状況をよく知らない「関係のない誰か」に話すだけで、すっと心が軽くなることがあります。
それは、たぶん自分一人では見えなかった「別の視点」を手に入れられるからだと思います。
私は「タロットカード」という道具からその提示を受けていました。
カードから「自分以外の可能性や、選択肢のバリエーション」を読み取ることで、「あ、私は本当はこう思っていたんだ」「別の道が気になってるんだ」と、自分の本心に気づくことができるのです。
あの地獄の10年間。もし私が、匿名で相談できる「ココナラ」という場所を知っていたら。
私は、間違いなく当時の私自身を、私のサービスに相談させてあげたかったと思います。
だからこそ、今、暗闇の中で「諦めることすらできず」に苦しんでいるあなたへ。
一人で抱え込まずに、その重荷を少しだけ話してみてもいいと思います。
私だけでなく、ココナラにはたくさんのサービスがあります。いろいろ見てみて、ぜひ自分にあったサービスを選んでみてくださいね。