「そんなことで怒らないの」
「泣いたって仕方ないでしょ」
「悲しんでる暇なんてない」
小さい頃、そんな言葉を聞いたことはありませんか。
あるいは、誰かに言われたわけではなくても、いつの間にか自分にそう言い聞かせてきたかもしれません。
イライラしても、
「私が我慢すればいい」
と飲み込む。
悲しくても、
「大丈夫」
と笑ってみせる。
不安でも、
「気にしすぎ」
と自分に言い聞かせる。
気づけば、
「感じないようにする」
ことが、いつものクセになっている。
そんな経験、ありませんか?
もしそうだとしたら、それはあなたがずっと、自分なりのやり方で、一生懸命がんばってきた証なのかもしれません。
心のクセの、さらに奥にあるもの
これまでの記事では、
「どうして私は、こんなふうに考えてしまうんだろう?」
という心のクセについてお話ししました。
そして前回は、その心のクセの奥に、
「嫌われたくない」
「見捨てられるのが怖い」
「誰かに必要とされたい」
――そんな、自分でも気づいていない思いが隠れていることがある、というお話をしました。
では、そのさらに奥には何があるのでしょう。
そこには、
「本当は、どう感じていたのか」
という感情が隠れていることがあります。
感情は、なかったことにはできない
感情は、抑えようとしたり、なかったことにしようとしたりしても、簡単に消えてなくなるものではありません。
「悲しくない」
「怒ってない」
「大丈夫」
そうやって自分に言い聞かせていても、
本当は悲しかった。
本当は悔しかった。
本当は嫌だった。
本当は怖かった。
そんな気持ちが、自分の中に残っていることがあります。
そして、普段は気づいていなかった感情に、ふとしたきっかけで気づくこともあります。
涙が止まらなくなったり。
急に苛立ちが強くなったり。
「どうしてこんなに苦しいんだろう」と、自分でも理由がわからなくなったり。
もちろん、心の状態や体の不調には、さまざまな原因があります。
ただ、
「感じないようにしてきた感情に、自分でも気づいていなかった」
ということもあるのです。
感情は、気づいて感じることで動き始める
そして、感情は、
気づいて、感じて、受け止めていくことで、少しずつ動き始めることがあります。
ずっと我慢してきた悲しみ。
言えなかった悔しさ。
飲み込んできた怒り。
本当は怖かった気持ち。
それらを「なかったこと」にするのではなく、
「私は、悲しかったんだな」
「本当は、嫌だったんだな」
「怖かったんだな」
と気づいてあげる。
すると、今まで心の奥に留めていたものが、少しずつほどけていくことがあります。
涙が出ることもあります。
ため息が出ることもあります。
誰かに話したくなることもあります。
「本当はこう思っていたんだ」と、初めて言葉になることもあります。
感情は、ずっと抱え続けなければならないものではありません。
気づいて、感じて、受け止めてあげる。
そうすることで、その感情が少しずつ動き、流れていくことがあります。
反対に、感じることをずっと避けていると、心の中に「まだ終わっていないもの」が残っていることがあります。
そして、何気ない出来事をきっかけに、
「どうしてこんなことで、こんなに泣いてしまうんだろう」
と思うほど涙が出たり、
急に怒りが込み上げてきたり、
昔のことなのに、強く苦しくなったりすることもあります。
それは必ずしも、「今起きていること」だけが原因とは限りません。
これまで十分に感じることができなかった気持ちが、ふと表に出てきた可能性もあります。
だから、突然涙が出てきた自分を、
「こんなことで泣くなんて、弱い」
「また感情的になってしまった」
と責めなくてもいい。
もしかしたら心が、
「ここに、まだ感じていなかった気持ちがあるよ」
と教えてくれているのかもしれません。
今の感情は、「今起きていること」だけではないこともある
もう一つ、知っておいてほしいことがあります。
私たちが今感じている感情は、必ずしも「今、目の前で起きていること」だけから生まれているとは限りません。
もちろん、今起きた出来事そのものに傷ついていることもあります。
でも、ときには、
「今の出来事」に「これまでの経験」が重なることがあります。
たとえば、誰かに少し冷たくされたとします。
「悲しい」
「寂しい」
と感じる。
それは、今起きた出来事への自然な反応かもしれません。
でも、その瞬間に、
「また大切にしてもらえない」
「どうせ私は選ばれない」
「このまま見捨てられるかもしれない」
という思いまで一気に出てきたとしたら。
そこには、今の出来事だけではなく、これまでの経験から身についた「こうなるかもしれない」という予測や、過去の記憶が重なっている可能性もあります。
だから、
「どうして私は、こんなに苦しいんだろう?」
と思ったときには、
「今、何が起きた?」
だけではなく、
「この感情、どこかで感じたことがないかな?」
「今の出来事は、過去の何かを思い出させていないかな?」
と、自分に尋ねてみるのも一つです。
ただし、必ず過去に原因があるとは限りません。
今起きていることだけで、十分に悲しいこともあります。
大切なのは、
「これは過去のせいだ」
と決めつけることではなく、
「今の出来事と、これまでの経験が重なっている可能性もある」
と知っておくこと。
そうすると、
「私って、どうしてこんなに反応するんだろう」
と自分を責める代わりに、
「今の私の中で、何が反応しているんだろう?」
と、自分の心を理解する方向へ目を向けられるようになります。
なぜ、感情を抑えてしまうのか
「泣いたら迷惑がかかる」
「怒ったら嫌われる」
「弱いところを見せたら、見捨てられるかもしれない」
そんな経験が積み重なると、感情を出すことが「危険なこと」だと学んでいくことがあります。
だから、感情を抑えることは、あなたが弱いからではありません。
むしろ、そうすることで、自分の居場所や、大切な人との関係を守ろうとしてきたのかもしれません。
「我慢する」という方法が、そのときの自分にとって必要だったのかもしれないのです。
そう考えると、
「なんで私は、すぐ我慢しちゃうんだろう」
ではなく、
「私は、ずっとそうやって自分を守ってきたんだな」
と、少し違う見え方ができるかもしれません。
感情が生まれたことを、裁かなくていい
怒り、悲しみ、不安、嫉妬。
こうした感情は、「ネガティブなもの」「あってはいけないもの」と思われがちです。
でも、感情が生まれたこと自体を、良い・悪いで裁かなくてもいいのです。
怒りは、大切なものを守ろうとするきっかけになることがあります。
悲しみは、何か大切なものを失ったことに気づかせてくれることがあります。
不安は、これから起こることに備えようとする心の反応かもしれません。
嫉妬は、
「私も大切にされたい」
「私も認められたい」
という、自分の中にある願いに気づかせてくれることがあります。
感情は、あなたを困らせるためだけに生まれるものではありません。
そこには、
「今の私にとって、何か大切なことが起きているよ」
と知らせる役割があるのかもしれません。
だから、
「怒ってはいけない」
ではなく、
「私は、今どうして怒っているんだろう?」
と見てあげる。
「悲しんじゃダメ」
ではなく、
「私は、本当は何が悲しかったんだろう?」
と聞いてあげる。
そんなふうに、感情を敵にするのではなく、理解する。
それが大切なのかもしれません。
感情があることと、どう行動するかは別
たとえば、こんなことはありませんか。
悲しいのに、
「私よりつらい人はたくさんいる」
と思ってしまう。
腹が立ったのに、
「相手にも何か事情があったのかもしれない」
と自分をなだめてしまう。
本当は休みたいのに、
「これくらいで甘えてはいけない」
と思ってしまう。
感情が生まれるたびに、心の中で、
「その感情は、感じてもいいものなのか」
と、自分でジャッジしてしまう。
そんなクセを持っている方は、少なくないように思います。
でも、大切なのは、
感情を感じることと、その感情のまま行動することは別だということ。
怒りを感じることと、誰かを傷つけることは別です。
悲しむことと、弱いことも別です。
不安を感じることと、不安に従ってすべてを決めることも別です。
だから、まずは、
「私は今、そう感じているんだな」
と、そのまま受け取ってあげる。
そして、
「この感情は、私に何を知らせているんだろう?」
と耳を傾ける。
そのうえで、
「じゃあ、私はどうしたい?」
と、自分に問いかけてみる。
感情をなくすことが目標なのではありません。
感情があっても、
「私はどうする?」を自分で選べること。
それが、感情との付き合い方を変えていくということなのかもしれません。
感情との付き合い方
難しく考えなくて大丈夫です。
まずは、こんな小さな一歩から。
• 「今、私は何を感じているんだろう?」と心に聞いてみる
• 感じたことを、良い悪いで判断せず、そのまま受け止めてみる
• 「イライラしてる」「悲しいんだな」と感情に名前をつけてみる
• 「本当は何が嫌だったんだろう?」と自分に聞いてみる
• 「この感情は、私に何を知らせようとしているんだろう?」と考えてみる
• 「この気持ちを感じた私は、どう行動したい?」と問いかけてみる
感情を消そうとしなくていい。
すぐに答えを出さなくてもいい。
ただ、
「今、私はそう感じているんだな」
と気づいてあげる。
そして、
「私は、この気持ちを感じたうえで、どうしたい?」
と考えてみる。
それだけでも、感情に振り回されるのではなく、自分で自分の行動を選ぶための一歩になります。
「感じてもいい」と思えると、変わること
自分の感情に気づき、認められるようになると、少しずつこんな変化が起こることがあります。
我慢する前に、自分の気持ちに気づけるようになる。
「私はこう感じている」と、自分の気持ちを言葉にできるようになる。
相手の気持ちだけではなく、自分の気持ちにも目を向けられるようになる。
「私は本当は何を望んでいるんだろう?」と、自分に問いかけられるようになる。
そして、
「本当は嫌だった」
と気づいたからといって、必ず相手を責めなくてもいい。
「寂しかった」
と気づいたからといって、必ず誰かに埋めてもらわなくてもいい。
「腹が立った」
と気づいたからといって、怒りのまま相手にぶつけなくてもいい。
感じたことと、どう行動するかは、自分で選んでいい。
それができるようになると、
「私はどうしたい?」
という、自分の意思に目を向けられるようになります。
そして、もう一つ。
感情を大切にできるようになると、自然と見えてくるものがあります。
それは、
「自分の気持ちと、相手の気持ちの境目」
です。
自分が嫌だと感じていること。
相手が望んでいること。
自分が責任を持つこと。
相手が責任を持つこと。
それらを少しずつ分けて考えられるようになると、
「ここまでは私のこと」
「ここからは相手のこと」
という境目が見えてくることがあります。
この「境界線」の話は、また次回、じっくりお話ししたいと思います。
あなたの感情には、ちゃんと理由があります
怒ってもいい。
悲しんでもいい。
不安になってもいい。
嫉妬してもいい。
寂しくてもいい。
その感情があることだけで、あなたがおかしいわけではありません。
あなたの中で、何か大切なものが反応しているのかもしれません。
「感じないようにする」ことに疲れてしまったなら、少しずつ、
「感じてもいい」
に変えていってみませんか。
そして、
「私は、なぜこんなふうに感じるんだろう?」
と、自分の心を責めるのではなく、理解する方向へ目を向けてみてください。
感情に気づく。
感情を受け止める。
その感情が教えてくれるものに耳を傾ける。
そして、
「私は、どうしたい?」
と、自分の意思で選ぶ。
そうやって少しずつ、感情に人生を決めてもらうのではなく、感情と一緒に、自分の人生を選んでいく。
そんな自分を育てていけるのかもしれません。
心ほどく研究室から🌱
「感じてもいい」と思えるようになっても、いざ自分の本音を言葉にしようとすると、
「こんなこと言ったら嫌われるかも」
「こんなことを思う自分はおかしいのかな」
「誰にも言えない.....」
そんなふうに、また心の中にしまってしまうこともあります。
でも、本音を言葉にすることは、わがままになることではありません。
まずは誰かに答えを求めるのではなく、「私は本当はどう感じていたんだろう?」と、自分の気持ちを言葉にしてみる。
それだけでも、心が少しほどけていくことがあります。
もし、誰にも言えなかーと本音があるなら。1人で考え込まず、安心して話してみませんか?