「カウンセリングを必要としたことは恥ではない」けれど。過去にそれを必要としたことを、

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何かの経歴として“必ず述べる”必要はないわけです。

華々しい「学歴」としてや、どこかに「服役」していた、それと“同等のレベル”で、己の名札や名刺に記載しておく(見えるようにしておく)必要はありません。

まぁ。
「他者の人生に影響を与えられる(と思い込める)私を自慢に、名声が欲しいカウンセラーごっこ」は、見返りを求めているでしょうけどね。
だから。名札に「カウンセラー」って書いておけば「他者が無条件に、私に
2026/09/10
https://coconala.com/blogs/2997019/806588

心の秘密を打ち明けてくれてお金がもらえるんだわ!」

と言う。

“己に見えた”だけの上辺を真似た、

ごっこ遊びなの。

だからね。
他者に手を差し伸べているように見せかけられるような、安易に「誰かのため」を看板を掲げるためのアピール(偽善)を求める前に、

自らを満たすのが先なんだよ。


・・・
「カウンセリングを必要としない」のなら、それはそれでいいわけです。「悩み」と
2026/10/22
https://coconala.com/blogs/2997019/831415

言うイレギュラーが解消されたのなら。
カウンセリングは、日常には不要であってもいいのです。

その悩みに過度に悩まされなくても。
自分で自らの人生を、主体的に生きていっていいのです。

...

ちゃんと。
本人が「己の人生に返れ」ば、いいのです。
それはきっと。
最初からそこにあるものです。
「私はわたし」を、生きていける。

もちろん。
悩みが何もない。
今後、何かで悩むことが全くないって。それは無理だと思います。

でも。
その時そのカウンセラーと「一生の友達♡」みたいになっていたら。
ちょっとおかしいのかな。って。
だって。
その悩みをまだ、
抱えているみたいじゃないですか。

だからさ。
「あなたの人生の恩人は私♡」みたいなものに己惚れたい奴には、務まらないんだよ。



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