「カウンセリングを必要としない」のなら、それはそれでいいわけです。「悩み」と

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言うイレギュラーが解消されたのなら。
カウンセリングは、日常には不要であってもいいのです。

その悩みに過度に悩まされなくても。
自分で自らの人生を、主体的に生きていっていいのです。

アドバイスとは異なり、カウンセラーがクライエントに対して明確な解決策を直ちに提示することは原則的にない。これは、カウンセリングという場においてクライエントが自らに向き合い、その作業を通じて新しい理解や洞察に自発的にたどり着き、最終的にカウンセリングが終結した後には、カウンセリングにおける経験を生かしてクライエントが実生活の問題や悩みに主体的に相対して行けるように導くことが、カウンセリングの目的であると同時にカウンセラーの役目であるためであり、心理カウンセリングの際は大切にされる原則である[3]。
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カウンセリング『ウィキペディア(Wikipedia)』


もちろん。
何かあった時に。
「カウンセリング」と言う選択肢は存在します。
・・・
「平和」の意味ってわかる? その時「カウンセラー」がアイドルのようにチヤホヤされていて
2026/09/03
https://coconala.com/blogs/2997019/802697

「それがないと生きて行けない」と言わんばかりに重宝される。と
“本気で”思っているの?

***

もう。
「カウンセリングを必要としなくなった」のなら、そのカウンセラーは不要になってもいいのです。
臨床心理士で現役カウンセラーの先生は、カウンセリングについて「私の事を忘れてくれるくらいでちょうどいい」とそんな話を授業でしてくれました。
2024/01/12
https://coconala.com/blogs/2997019/382111

私は大学で心理学科に行きました。
カウンセリングも行ってきた臨床心理士の先生は、授業で、

「カウンセリングに来た人は、私のところにはこなくなる方がいいんですよ」
「忘れてくれるくらいでちょうどいい」

と、そんな話をしてくれました。

だから私は、カウンセラーと言うのは“最初から”それを知っているものだと思っていました。

「それができなければカウンセリングにはならない」のだろうとも思っていたからです。

本人が「己の人生に返れ」ば、いいのです。
それはきっと。
最初からそこにあるものです。

「私はわたし」を、生きていける。


もちろん。
悩みが何もない。
今後、何かで悩むことが全くないって。それは無理だと思います。

でも。
その時そのカウンセラーと「一生の友達♡」みたいになっていたら。
ちょっとおかしいのかな。って。

だって。
その悩みをまだ、
抱えているみたいじゃないですか。

だからさ。
「あなたの人生の恩人は私♡」みたいなものに己惚れたい奴には、務まらないんだよ。
人生充実していそうな写真だけじゃなくて、人目に付きそうな言葉や一目置かれそうな資格で己を飾って。
2024/01/12
https://coconala.com/blogs/2997019/382125

心の隙間を埋めようとしている人もいるのかもしれませんね。

それを「野良カウンセラー」「エセカウンセラー」と揶揄した人もいるようです。

ネット社会は闇深い。
・・・



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