「ただ聴いてほしい」のに「適切な言葉を返したら」それは“会話”が始まるよね。だから、そうやって「主導権を取りたがる自分」と向き合った方がいいよね。

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だってそれ「質問している」ってことだもん。

己の主観的なアドバイス(誘導)がしたいだけじゃん。
「己の人生経験における主観的なアドバイスがしたい」のならそれは「人生相談」であって、カウンセリングとは言えないらしいですよ。
2025/01/24
https://coconala.com/blogs/2997019/521914
・・・


その相手を受け入れるのなら。
「頷く」「オウム返し」と、その辺だよね。

相手の話すままに。


相手の話の腰を折らずに「最後まで聞く」って、大変だよね。


「ツインレイのことはツインレイ(その経験者)にしかわからない」のであれば、そもそもカウンセラーや心理職は成り立ちませんからね。
2025/01/24
https://coconala.com/blogs/2997019/521807

犯罪心理学を教えてくれた先生は、少年院に勤めていたこともあるそうです。

...

己が法で裁かれるような経験がなくても。
少年院で少年たち(男子・女子含む)にカウンセリングやその心理に関わる仕事はできると思います。
・・・



「他人ほど本音が話しやすい」と言う“そのジャッジ”はどこから来たんだ? この人になら「心の内を明かしたい」と思えるような人に「己がなる」のが先だろう。
2025/03/09
https://coconala.com/blogs/2997019/539278
・・・
スルースキルの話だと思うんですけど「お釈迦さまのように黙しましょう(相手に返ります)」みたいな話を持ち出している人もいるんですけど。
025/03/28
https://coconala.com/blogs/2997019/547005

お釈迦さまは相手の主張の腰を折らない・口を挟まなかっただけで。
相手を無視していたわけじゃないと思うんですよ。

※ 元の話は引用しません。
話や解釈はいろいろあるみたいです。


だからまず。
相手の存在を無視していたんじゃなくて。
本人の気が済むまで相手をした「=相手の存在を受け止めた」と言うこと。
だって、その場を離れたっていいわけです。
存在を無視して、目の前から立ち去ってもいいわけです。
歯牙にもかけない。それこそがスルーです。
だけどそれはしなかった。

相手が己に気がつくまで。
ちゃんとその場に存在するのです。
それは「相手の存在を認めている・受け入れた」と言うこと。
真正面から向き合う。その姿勢です。

ただ。相手の感情が高ぶっているので。
それに関しては本人の問題だから、そこには口を挟まない。
それは賢明です。




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