こうして父と僕のもとにやってきた、2台目のRS。
車両価格は50万円、走行距離は13万キロ。
決して走行距離の少ない車ではありませんでしたが、事故で失ったRSと同じ、シルバーと黒のツートンカラーでした。
当時でも、すでに台数が少なくなっていた車です。
もう一度RSに乗れる。
それだけで、父も僕も本当にうれしかったと思います。
しかし、僕たちはこのRSをそのまま乗るだけでは終わらせませんでした。
「どうせ乗るなら、自分たちの好きな一台にしよう」
父と相談しながら、少しずつ手を加えていくことになりました。
まず、シルバーと黒のツートンだったボディーを、赤と黒のツートンに全塗装しました。
ホイールも純正から、当時僕が好きだったゴールドのSSRリバースメッシュに交換。サイズは16インチです。
太いタイヤを履かせるためにオーバーフェンダーを取り付け、タイヤにはADVAN NEOVAの245幅を選びました。
さらに、HKS製のインタークーラーとブーストコントローラーも取り付けました。
マフラーにも、僕なりのこだわりがありました。
元々付いていたフジツボ製のメイン70φマフラーに、出口部分だけ柿本改のものを組み合わせた特別仕様です。加速はフジツボ、音は柿本という良いとこ取りのマフラーに仕上げました。
室内には、BRIDEの赤いバケットシートを2脚入れ、ステアリングもナルディに交換しました。
今振り返ると、本当にたくさん改造したと思います。
外から見ても、運転席に座っても、中古車屋で初めて見つけたときとは、まるで別の車になりました。
こうして完成した赤と黒のRSで、父と峠道を走ったこともあります。
展望台に車を止め、父と缶コーヒーを飲みながらRSを眺めました。
今のようにスマートフォンで何枚も写真を撮れる時代ではありません。
インスタントカメラで撮った一枚一枚が、父と僕にとって大切な思い出になりました。
でも僕にとって一番大切だったのは、改造した部品の数ではありません。
「あれを付けたい」
「この色にしたら格好いい」
そんな話を父としながら、一台のRSを一緒に作り上げていった時間でした。
最初のRSを事故で失い、友人に大きな怪我をさせ、免停や保護観察も経験しました。
免許を取って間もなかった僕には、あまりにも大きな出来事でした。
大好きだったRSを失い、手元に残ったのは、廃車になった車から取り外したメーターやエンブレムだけ。
見るたびに、後悔と寂しさが込み上げてきました。
それでも父と再びRSを見つけ、今度は二人で、自分たちの理想の一台へと仕上げていきました。
失ったRSと、まったく同じ車ではありません。
けれど、父と僕の思いが詰まった、世界に一台だけのRSになりました。
振り返ってみると、スカイラインは僕に車の楽しさだけでなく、失敗の重さや、人とのつながりの大切さも教えてくれたように思います。
うれしかったことも、後悔していることも、父と過ごした時間も、すべてが今の僕につながっています。
ここまで何回かに分けて、父と僕とスカイラインの思い出を書いてきました。
読んでくださった皆さん、本当にありがとうございました。
このシリーズは、ここでいったんハンドルを置こうと思います。
またいつか、懐かしいエンジン音とともに思い出がよみがえったときには、続きを書くかもしれません。
父と僕、そしてスカイライン。
今でも大切な、僕の青春の一ページです。